5.31.2007

するのか、しないの問題

青年は、夕暮れの商店街を歩いていた。仕事帰りで、身体が疲れていた。歩いていると、ちょっと先に光ってる物が落ちている。近づくと、ぴかぴかの100円玉を発見した。彼はしゃがんでその100円玉を拾い、周りに落とし主がいないかと周囲をキョロキョロ見渡した。買い物袋をさげたばあさんも、子供たちも、誰も100円玉を探してそうな人は近くにいなかった。

見渡していると、駄菓子屋が目に入った。すぐそばにあった。何度か通ったことのある商店街だが、今までここに駄菓子屋があることに気づいていなかった。古くからあったような、ボロボロのお店だった。店の奥は暗いが、ちいさなおばあさんのシルエットが見えた。

ちょうどいい。甘いものでも食べるか。

青年は店先のアイスクリームの冷凍庫を覗き込む。懐かしいものばかりだ。白熊、あずき、ホームランバー、アイスモナカに、チューチュー。冷凍庫の重いフタをずらし、ホームランバーを二つ取り出す。ばあさん、これ、二つ。60円だったっけ・・・。他に小銭がないか、手をポケットに突っ込んだ。

はい、ふたつ100円ね。はて、一本50円だったっけ。青年は100円玉をばあさんに渡した。ばあさんは、ちいさなビニール袋にホームランバーを入れてくれた。青年は少し、照れた。

店を出ると、さっき100円玉を拾ったところで小さな子供が泣いている。

ぼうず、どうした。

あまりにも激しく泣くので、理解をするのに手こずった。

100円落としたんだと。これはやってしまった、と青年は少し、悪く思う。そっかぁ、それは残念だな。誰か、おまわりさんに届けてくれるといいな。そんじゃあな、おじちゃんな、このホームランバーを一つやるぞ。アイス買いたかったんだろ。だから泣くのやめな。

今日は実にいいことをした。

青年は残ったホームランバーをくわえながら帰っていった。

5.30.2007

回転ドアに留まりたい

人事部の山田幸太郎は頭を抱えていた。変なことで悩まされるもんだ、と途方にくれていた。
今朝、営業部の若手の沼山啓治を人事部に呼び出して打ち合わせをしたのだった。入社2年目の沼山君はとても優秀で、同僚にも上司にも高く評価されていた。性格もよく、どんな小さな仕事もイヤな顔一つせずにこなしてくれるし、いざという客前の席でも的確なコメントで仕事を進めやすくしたり、場を和ませてくれるのだった。まだまだ商品の知識や場数という面では未発達だが、間違いなく将来性のある若者だった。

そんな沼山君に係長への昇進を告げるための打ち合わせだった。山田幸太郎は頭の中で既にシナリオを描いていた。笑顔でおめでとうと言い、沼山君が笑顔でそれを受け入れ、こんなに早く昇格してもいいんですかと照れながら笑う。しかしながら、実際の沼山君の反応がいまひとつ優れない。

「これって・・・今のままじゃだめですか?」

そういうのだ。係長になりたくないらしい。なぜかね、と尋ねてみるが、質問で返ってくる。なぜ、いま係長にならなければいけないのですか?係長になると何か変わるのですか?

ここばかりは大人の見せ場だな、と山田幸太郎は思う。

「それはだな、君の今までの仕事が評価されたからこそ、会社のみんなが良く考えて、今後は君にもっともっと重要な仕事を任せられるためにこうしたいのだよ。君だって、いつまでも20代じゃないんだから、いつまでも花見の場所取りをやり続けるのはイヤだろう?それと、これを言っちゃあ下品かもしれないが、給料も上がるんだから。」

沼山君は一切納得していないようだった。お金は今の給料で自分が生活するには十分です。花見の場所取りとかも合わせて、今の仕事が好きです。まだまだ今のままで勉強することが多いと思います。重要な仕事といいますが、今の私の仕事が重要でないということですか。

「新入社員が入ったら、その人たちと並ぶことになるのだよ?」

僕は、そういうのは気にしていませんから、心配しないで下さい。教えますから。

「この会社に何か不満でもあるのかね?」

まったく、ありません。

さて、この事態をどのように営業部長に報告すれば良いだろうか。

5.29.2007

赤い傘、ガチャガチャ

みっちゃんは今年から幼稚園だ。
おばあちゃんがピカピカの赤い傘を買ってくれた。

おばあちゃんにありがとうは?
みっちゃんは黙り込んだままだった。

おばあちゃんと別れてから、母親はみっちゃんに聞いてみた。
なにか、気に入らないの?

赤の傘はイヤだ。青が良いの。
素直なものだ。

なんで、赤がイヤなの?
青がいいから。雨は青なの。
そうね。でも、赤は?
赤はお日さま。

でも、赤の傘をさしたら、雨が止んで
早く天気になぁーれってことなのよ。
イヤだ。青がいい。

今度雨が降ったらおばあちゃんの傘でお出かけしましょ。
スーパーで、ガチャガチャやっていいから。
イヤだ。青の傘でガチャガチャに行く。

5.23.2007

いろいろ、拾って眺める

「こう言うとアレなんだけど、淡泊なのよね。あの人といると。」

広美は、カフェラテの泡をマドラーでつつきながら言う。カラメルやらシナモンをやたらめったら入れるもんだから、もはやコーヒーの仲間とは呼びがたい飲み物を。

「これ、甘すぎるわ。」

友人の千鶴はやさしく笑う。

「だって、デートっていったって、何か食べに行くか買い物するか、そんなパターンがずーっとこのごろ続いてるのよ。先週なんか、ほんと久しぶりに映画館にいったわよ。さんざん迷ったあげく。」

「あら、だってあなた気に入ってたじゃない、信二さんのこと。誠実そうだって。」

「誠実ねぇ。それは、そうなんだけど。でも、そのかわり行動も大体読めちゃうのよね。このネックレス、あるでしょ?一年前にこれ欲しいって言って、信二さんがんばって貯金して今度の誕生日にプレゼントしてやるって言って、ずっと貯金してて。」

「ステキじゃない。」

「あの人だったら毎月かかさず貯金をやってけると思ったわ。全然苦じゃなかった見たい。」

「あら、あなたずいぶん残酷ね。苦行でもしないとダメなの?」

「そんなんじゃないよぉ~、もう千鶴ったら。」

「結婚しちゃえばいいじゃないの。」

「それを今体験してる見たいだわ。」

「セックスは上手なんでしょ?」

広美は、少し千鶴から目を離す。

「大きな声で言わないでよぉ。ワンパターンでもいいことはあるのよ。」

「あなた、しあわせよぉ」

「えぇ、なんで?」

「先週だって、あなたと似たような会話したじゃない。」

5.22.2007

通りすがりのママらしき

私が住んでいるマンションの1階はコンビニエンスストアだ。案外便利だ。電池を買いに行くときとか、郵便物を出すときとか、その他雑用。小腹が減ったときも。よくよく考えると変だが、自宅に付属してるが故に平気でパジャマ姿で行ってしまう。まぁ。いいとして。大通り沿いなので、長旅のクルマの連中が休憩しているところもよく見かける。若者も、たむろしている。ときにはちょっとばかり珍しい人もうろついている。そして、パジャマ姿の私はそれらの人の目にはちょっとばかり、ちょっと崩しすぎのローカル人として写っているに違いない。
今夜はタバコを買いに行った。
コンビニを出て、早速一本取り出して吸っていた。
4-5メートル離れたところから40代くらいのオバサンに声をかけられる。微妙な距離なので、最初は声をかけられていることに気づかなかった。近づいてくる。火を貸してくれますか、と尋ねてきた。水商売っぽいオバサンだった。火をつけてあげた。
どうぞ。
付けてくださるのね、ありがとう。
ありがとうね、ここで吸ってていいかしら。
オバサンは再び4-5メートルくらい、私から離れる。
また声をかけてくる。
このマンションの人なの?
ええ。
中で吸えないのね。カワイそうね。
ええ、まぁ。はは。
それじゃあ、あたしはここで失礼しますね、ありがとう。
微妙な距離なので、なんだか会話をしている気がしない。
それじゃあ、ありがとうね。失礼します。
なんだか、妙にじれったい。オバサンはそのまま歩いていった。
気づけば私のタバコは風に吸われていっていた。

5.10.2007

業務連絡:ゆったりライブ

今度の日曜日、渋谷に潜むthe pink cowというレストランでアコスティックのセットをやります。お料理の評判がすこぶるよく、「いつもの」ライブハウスとは一味違う、ゆったりとした環境はいかがですか?お友達とおしゃべりしながら方耳でライブを聞くもよし、むしろそうしてて下さい、入場料は500円です。出演者はピアニストやマジシャンやコメディアンの方も出ます。あ、ついでにこんなのも(http://www7a.biglobe.ne.jp/~atsuya/)。いらっしゃったお客様にはお勧めの辛口ジンジャーエールをご馳走させていただきます。

5月13日(日)
the pink cow
http://www.thepinkcow.com
18:30オープン(僕は多分2番手とか、です)

それでは!

5.09.2007

ボン・ヌエーボの表情

国が無かった時代、ボン・ヌエーボという美しい大都市があった。
今はもう存在しない。川のそばで、立派な石の壁で守られていた。

ボン・ヌエーボの人々は働き者で、街も栄えた。そのおかげか、街の建物は全て立派だった。バザールの中心部にあった神殿は特に人々の自慢だった。黄金のアーチや大理石の柱、銅像や壁一杯の彫刻、それは大変な技術と美術とボン・ヌエーボの想いを集約した、見るもの全てを圧倒する見事な建造物だった。

そんな、ボン・ヌエーボを妬む者も少なく無かった。ある日、貧しいデクレピ都の軍隊がボン・ヌエーボの包囲攻撃を試みた。真夜中に石の壁を乗り越え、夜明けごろはバザールは敵軍でいっぱいだった。ボン・ヌエーボは不意打ちにあったにも関わらず勇敢に戦い、結果的には都市を守り抜いた。ただ、神殿は多くの爆撃を受けたため全壊してしまったのだった。市民は悔やんで悩んだ。悔やんでも悩んでも、悩んでも悔やんでもどうにもならないので、神殿を建て直すことにした。10年間かけて、従前の姿に戻したのだった。

「良かった、この姿は二度と忘れてはならない」

ただ、そのまた10年後にボン・ヌエーボは大地震にあい、再び神殿が全壊した。そのまた10年後には落雷による火事。全壊するたびに人々は神殿を建て直してきたのだった。立て直すたびに、口々にするのだった。

「良かった、この姿は二度と忘れてはならない」

職人というのも当然人間で、歳もとる。かつての神殿の姿を再現できる数少ない者が年々亡くなって行った。この姿は二度と忘れてはならないのに、どうすれば子孫に残せるだろうか。神殿が全壊するときの悲しみはもう耐えられない。

「四角の箱にしてしまおう。そして、窓も四角にしてしまおう。そいつを"オフィス"と名づけるのだ。その形だけを覚えていれば、何度神殿が全壊しようと必ず再現できるぞ。」

その時からボン・ヌエーボがなくなるまで、何らかのきっかけで10年おきに神殿は倒れ続けた。それでも、人々は二度とその姿を忘れることはなかった。いや、あまりにも見事に再現できるもんだから、全壊したことすら忘れてしまうのであった。

そしてボン・ヌエーボの神殿に訪れる観光客は次第に減って行く一方だったという。

5.07.2007

黒皮のブーツ

康孝はご機嫌だった。
今日は久しぶりに家族を連れてお出かけなのだ。

ちょっと早起きをした。この日のために、わざわざとっておいたお気に入りのボクサーブリーフに履き替えた。これが、一番重要なのだ。姿見を見る。すこし腹がではじめている。横っ腹をつまんでみる。今に始まったことじゃない。今日、こんなことで悩んでも仕方がないのだ。会社ではいつも紺のスーツを着ているが、こういう日にしか履かないグレーのスラックスをハンガーからおろす。ちょっと、ウエストがきつい。あとは、お気に入りの、着込んだ水色のポロシャツ、思い切って買った茶色のスエードの背広。引き出しの一番手前にあった、ベージュの靴下を履いた。あとは、あの黒皮のブーツで、完璧だ。康孝の最高のオシャレポイントだったのだった。

男のお出かけの支度というのは案外早いもので、少し念入りにやったとしても30分もかからない。女性の支度の時間も考えると、男だけ早起きする必要はあまりない。康孝は歯を磨き、ひげを剃り、ヘアトニックをつけ、ついでに鼻毛の処理もしてみた。

「おい、早く行くぞ。こういう日は動物園、早くいかないと並ぶんだから。」

「せっかちねぇ、まだ布団干してないのよ。」

「そんなの、帰ってからでいいじゃないか。毎日やってるだろ。」

「あと、ちょっと待ってよ。あたし、化粧もしてないんだし。」

「いいよ、そんなにやんなくたって。」

「どういう意味よ?」

危険な質問が飛んできたので、黙ることにした。

「久しぶりだね、動物園。」

「今日はお食事も外でいい?」

「ああ、いいよ。」

「やったぁ。」

5.02.2007

ムッツリのために

有名な画家がいた。モダンな感じの絵を描いていた。繊細なタッチに、ダイナミックな色使い!今世紀最初で最後の大巨匠!周囲は騒ぎっぱなしだった。ただ、彼が具体的に何を意図して表現していたかは、誰にもわからなかった。緑の絵の具がべチャってなってたり、うんこ君の落書きがポツリと描いてあったり。タイトルもついていない。絵につけられたのは番号だけだった。1号。2号。2364号。

何なのかは分からないものの、彼はまぎれもない天才だったのでファンの人はその偉大なアートをそれぞれ、個々で解釈する使命を請け負ったのだった。一番有名な絵は、743号だった。中でも珍しいエンピツのデッサンだった。サクマドロップスの缶を描いたものだった。とても、リアルだった。

問題は彼が亡くなったあとに起きた。彼の作品の値段がグングン上昇する中、画家は何十ページにも渡る遺書で、今まで描いてきた絵一つ一つのタイトルを暴露したことが発覚したのだった。しかも、どれもがとてつもなくダサいか、明らかにパクッたっぽかったのだった。良かれと思ってやったのであろうが、多くのファンは失望したのであった。「ロックンロールベイベー」「ラブラブリブリッ」。

肝心の743号のタイトルはというと、「僕の子供の頃の思い出」だった。
なんともいえない、無難なネーミングに多くの人々は戸惑った。

「はぁ・・・そうですか。」

743号はオークションで1,000円で落札された。
でも、その落札者は大層幸せそうにその絵を持ち帰ったそうだ。