7.12.2020

私の言い分

伊藤香代子、享年38才。山形県の山奥にある温泉宿で地縛霊として住み着いている。あの世のものとなってからは、わずか50年目となる。

生前の出来事は後悔していて、温泉宿につとめる人や客人に怖い思いをさせてしまっていることも申し訳なく思っている。縁どころか、まるっきり異なる時代に迷惑をかけてしまった。

弁明にならないが、自分も苦しい。春夏も秋冬も、繁忙期も閑散期も、毎晩かかさず0時から5時まで同じ露天風呂を巡回しなければいけない。気が狂うほど短調で退屈だ。せめて日替わりで違う風呂場をまわりたい。

夜中に迷い込む人間がいる。予防策として足音をぺたぺた鳴らすようにしてるが(足がないのに鳴らすのもひと苦労なのだが、これはまたの機会に)、好奇心なのかおっちょこちょいなのか風呂場に侵入してくる。

「清掃中ですかぁー」

「違いますぅ」というつもりで顔を出すが、毎度のこと反応はご想像の通りである。