4.20.2012

言うとき

努さんは、とても信心深い人。神というものを信じ始めて30年間、一度も疑わず、清く正しい人生を歩む努力をしている。いつも完璧に実現できてるとは言えないが、なるべく他人には親切に接し、許し、恨まず。無闇に自分の価値観も押し付けない。宗教観に賛同するかどうかはおいといて、誰にも迷惑かけず、他人を思いやることのできる、世の中的には喜ばれる人間と言える。

ところがこの努さん、とことん運のない男でもある。幼いころ両親を事故で失い、貧しく、生まれつきで方耳は聞こえず、モテず、良くコケる、など、どうしようもない苦労話が絶えない。あいつはあんなに良い人なのに、まるで神に見捨てられたかのようだ、と彼の友人は言う。神様をおがんでなんとかなるなら、人生苦労しないさ、と。

早い話、努さんも人間なので我慢の限界はある。このごろ仕事で怒られクビになり、一週間まともに食わず、同じ日に二度自転車にはねられ、ペットのミドリガメが脱走した。たまりにたまったストレスを、とうとう神にぶつけてしまった。

おい何か悪いことしたか、俺?30年間もバカみたいに祈ってきたが今日から辞めた辞めた。なーんもいいことないんだから。

そんな嘆きが神の耳に届いたのか、努さんはその翌日に不思議な夢をみた。神が直に現れたのだった。努さんの頭に一つだけの思いがよぎった。

まずい。これで30年間の努力が水の泡だ…

神はおもむろに口をひらいた。トイレいってた…。デコピンしていいから、許してくれるかい?

4.08.2012

そこにいること

私の父親は元プロ野球選手だ。そこそこの成績だったが、日本シリーズとかゴールデングラブのような目立った実績はいつも惜しいところで届かず、結局どれもハゲで現役生活を終えた。悔しくなかったの、とたずねたことがあるが、本人は満足しているようだ。20年もこの球団の野手をつとめたことが誇りだという。日本シリーズ勝ってたら今頃違うこと言ってたんじゃないの、と茶化したら偉く怒られた記憶がある。人望はあるようだ。引退後も三塁コーチをしており、野球一筋の人生を全うしている。母親も球団の専属医の助手だった。

そんな世界に長くいる分、父は上下関係にきびしく、礼儀や言葉遣いに関しても相当うるさい。端から見れば立派だが、野球が関係しないところに関してはまったくの世間知らずである。家事に関してはまず論外だ。いまだにカップめんを母に作ってもらっている。損得勘定は強いて言えばマシな方で、なんらか家に稼ぎをもたらす責任は自覚しているようだ。女性関係は分からないが、あったとしても上手くボロを出さずにしているのだろう。

そんな父は、私にとってどうしても遠い存在に感じる。運動会や卒業式には時間を駆使して見にきてくれたし、大事な場面では相談にのってくれるが、家を離れてる時間が一般の家庭に比べて多かった。好き、とか、嫌い、というより、薄い、のだ。
久しぶりに二人で酒でも飲みに行こうと誘われたが、キュンと胃が痛くなったのはなんだろうか。