5.09.2007

ボン・ヌエーボの表情

国が無かった時代、ボン・ヌエーボという美しい大都市があった。
今はもう存在しない。川のそばで、立派な石の壁で守られていた。

ボン・ヌエーボの人々は働き者で、街も栄えた。そのおかげか、街の建物は全て立派だった。バザールの中心部にあった神殿は特に人々の自慢だった。黄金のアーチや大理石の柱、銅像や壁一杯の彫刻、それは大変な技術と美術とボン・ヌエーボの想いを集約した、見るもの全てを圧倒する見事な建造物だった。

そんな、ボン・ヌエーボを妬む者も少なく無かった。ある日、貧しいデクレピ都の軍隊がボン・ヌエーボの包囲攻撃を試みた。真夜中に石の壁を乗り越え、夜明けごろはバザールは敵軍でいっぱいだった。ボン・ヌエーボは不意打ちにあったにも関わらず勇敢に戦い、結果的には都市を守り抜いた。ただ、神殿は多くの爆撃を受けたため全壊してしまったのだった。市民は悔やんで悩んだ。悔やんでも悩んでも、悩んでも悔やんでもどうにもならないので、神殿を建て直すことにした。10年間かけて、従前の姿に戻したのだった。

「良かった、この姿は二度と忘れてはならない」

ただ、そのまた10年後にボン・ヌエーボは大地震にあい、再び神殿が全壊した。そのまた10年後には落雷による火事。全壊するたびに人々は神殿を建て直してきたのだった。立て直すたびに、口々にするのだった。

「良かった、この姿は二度と忘れてはならない」

職人というのも当然人間で、歳もとる。かつての神殿の姿を再現できる数少ない者が年々亡くなって行った。この姿は二度と忘れてはならないのに、どうすれば子孫に残せるだろうか。神殿が全壊するときの悲しみはもう耐えられない。

「四角の箱にしてしまおう。そして、窓も四角にしてしまおう。そいつを"オフィス"と名づけるのだ。その形だけを覚えていれば、何度神殿が全壊しようと必ず再現できるぞ。」

その時からボン・ヌエーボがなくなるまで、何らかのきっかけで10年おきに神殿は倒れ続けた。それでも、人々は二度とその姿を忘れることはなかった。いや、あまりにも見事に再現できるもんだから、全壊したことすら忘れてしまうのであった。

そしてボン・ヌエーボの神殿に訪れる観光客は次第に減って行く一方だったという。

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