5.31.2009

ツチノコを求めて

都内の大きなホテルの最上階のバー。店内の照明は落とされ、窓の外の夜景がひきだつ。品のあるピアノジャズが流れていて、その静かな重力にひかれて来たかのような、上品なお客が多数、それぞれひっそりとその一時を楽しんでいる。バーのマスターは今日もカウンターの裏で背筋をピンと伸ばして背景に溶け込み、ストイックに仕事をこなしている。限りなくイメージに近い風景に、それにふさわしいお客、マスターからしてみればこれ以上の至福のときはない。何一つ、今夜は「直す」必要がないのだ。

勿論、毎日毎日こう上手くいくわけではない。大きなホテルなので、実際迷い込んでくる客のプロファイルは実に多種だ。好奇心と居酒屋帰りの勢いで立ち寄る中年サラリーマン。背伸びするキャバクラ嬢。マスターはこの層に対してもソツなくサービスをする。どのみち長居はしないのだ。東京観光の老夫婦、チンピラのお兄さん、会社の飲み会から抜け出してきた少数の新社会人、ホテルの外を冒険したがらない外人宿泊客、みんなこのバーの「本当」の客ではない。ストイックにこなし、早く退散していただくように努める。

それだけのことだ。

5.28.2009

レセイフェ’ア

慌ただしかったが、あくまでも正しい選択をしたと思う。
私に、後悔はない。

結果、私が無人島に持っていく唯一の漬け物は「らっきょう」とした。子供の頃の遊びで出てきたジレンマがまさか現実のものとなるとは思ってもいなかった。その頃から、きちんと結論を出してさえおけば、今となって大焦りで決めることはなかったのに。だが、その話はもう良い。

私がらっきょうを選んだ理由は、他でもない「飽き」の来なさだ。他の漬け物と比べても、らっきょうにたどり着いた経緯は簡単な消去法だ。らっきょうのみが、甘い・すっぱい・しょっぱい・辛い・苦い全ての味覚を持ち合わせていることが分かった。高菜のように青臭い&辛いだけでなく、べったらのように甘いだけでなく、らっきょうの場合五つの味覚が共鳴し、最高に複雑な味のハーモニーを作り上げているのだ。どんな料理でも優秀な付け合わせなのだ。その上、丸くて歯ごたえがあって最高にイカすのである。

らっきょうの落ち度に関しては、強いて言えば少しだけ口が臭くなることだが、私がこれから行くところが無人島であることを加味すると全然大した問題ではないことがすぐ分かる。政府からは、手作りらっきょうの大瓶を二つ支給された。他にも洋服、簡易的なテント、浄水器、救急道具もあった。

私は二つのらっきょうの瓶を両腕に抱えてビーチで横になった。瓶かららっきょうを一粒取り出して、ゆっくり噛んでみる。この夏はあながち悪いことばかりではなさそうだ。

5.26.2009

すももももものうち

文明社会から隔離された小さな村。その人々は生まれてから親から学び、自ら食するための作物を育て、狩をし、家族を築いて子孫を残し、それらの繰り返しが全てと受け入れて大地に帰っていった。一年の流れは季節に教えてもらい、一月の生活は月に従い、一日の行動は太陽と共にした。

とある夏季のこと。ひどい干ばつで、まずは作物が全滅した。村人は十分の食べ物を確保できず、狩と採集に力を入れた。ところが、干ばつが悪化していくと川や湖もなくなり、野生の動物や植物も次第に姿を消していった。あげくのはて、赤子や老人をはじめ村人たちも命を落としはじめたのだった。じっとしするしか、餓えに対する手の打ちようがなかった。動いた分、身体が水や食べ物を欲してしまうからだ。

「そなたを救ってやろう」

天からの声が、そう言いながら、空から雨やパンを降らせた。何ごとかと、テントの中で横たわっていた村人たちが村の広場で集合した。ところが、こんなに雨が降っているというのに誰一人表情を変えない、いや、むしろ以前より困惑してしまった様子だ。パンを拾い上げるそぶりも見せない。

「誰だかわかりませんが、なんの真似です?」

「そなたを救ってやろう」

「なにを救うのです?」

「そなたを救ってやろう」

「私たちは、いいです」

「いい、だと?」

「前にも外の世界から人が迷い込んできたことがあります。その人たちも救うとか助けるといって、水やモノを置いていきました。ただ、その見返りを提供することが私たちにはできないのです」

「私はまだ、なにも言ってないぞ」

「いや、何もないので、本当に」

「"祈り"の一つもできないというのか?」

「いや、興味があまり・・・」

「好きにしろ。お前たちの愚かさに呆れた」

とたんに雨とパンは降り止んだ。村人はしばらくその場で立ちすくみ、天の声の持ち主の気配が去るのを待った。そして、スイッチが入ったかのように残されたパンをせっせと集めて分け合った。

生き残っていた老人が、生き残った子供にこっそり言う。
これも大地の恵、ありがたくいただくべし。

5.18.2009

内戦の季節の風がふく

閉店間際の夕暮れ。一人しかいないペットショップの店員が展示されていた子犬や子猫をバックヤードに戻し終えようとしたころ、小さな女の子を連れた3人家族が入ってきた。父親と思える男が、ガラガラの店内を見て、まだやってますか、と大きな声でいう。店員の頭だけがバックヤードからひょこっと出て、ちょっと片付け中ですが、終わりまでごゆっくりどうぞと言う。この一組の客だけのために動物たちをみんな展示しなおす気にはなれないようだ。

沢山の生き物をあつかうペットショップというのは、客入りがそこそこ良いが、実際買い上げる人の数が少ないというのがお約束だ。訪れる人からしてみれば、手軽な動物園としての役割も担っている。まあ、来る人来る人が皆、子犬や子猫を衝動買いされても、商売とはいえ困ったことであろうが。

家族は子犬目当てのようだ、しかも結構真剣のよう。母親がいう、ワンちゃん今日はもうあまりいないのね、みゆきちゃんまた来週にしない?みゆきちゃんは、いやだ今日が誕生日なんだから、と頑なに譲らない。子犬が一匹だけ、まだ展示されている。生後8ヵ月の黒いボストンテリア、オス。歳のせいか、今一つ活気を感じられない。今はスヤスヤ寝ている。

みゆき、この黒い子がいい。

他のは見なくていいの?

だってかわいいもの。

ボストンテリアはかごの前の騒ぎを察し、つまらなそうに目を半分開いてまた閉じる。

大人というのは慎重でちゃっかりした生き物だ。こればかりは知恵がそうさせるので仕方がないことだ。売れ残りを買うことはもってのほか、何かと比較できないまま、吟味せずに買うことは後悔を招く。両親はともに泣き叫ぶみゆきちゃんを説得し、また来ます、と言い残して店を去った。おそらく、一度恥をかいたこの店に戻ってくることはないだろう。

夜がふけて、静まり返ったバックヤードで黒いボストンテリアが深くため息をつく。となりのアメリカンショートヘアに、ああはなりたかないよ、と愚痴をこぼしてみる。

5.14.2009

模範回答に花をそえる

山村上 守、33才会社員、虎ノ門近辺勤務。明るく、お料理のできる30才未満の方との真剣なお付き合い希望。

河村美鈴さんへ

お返事ありがとうございます。

私は東京都出身です。都といってもかなりの郊外で、やたら空が広く、田んぼが沢山ある街で生まれ育ちました。街は千人の人口が、まわりの山々に気をつかうかのよう僅かの土地に密集したものでした。私も思いの外、都会の暮らしに割りと早く慣れることができたことにも、つながっているのかもしれません。

私の実家は小さな花屋を営んでいます。八百屋も肉屋も医者も風呂屋もそうですが、「街唯一」の花屋ですから、街のお祝い事やお葬式などは網羅的に詳しくなります。ただ、このご時世では残念ながらお葬式の方が仕事の大半です。ちなみにお隣が葬儀屋です。花屋と一言でいえば聞こえはいいですが、街の人からしてみればお隣とセットとして存在しているように見えるようです。

小さい頃、私は自分の家の仕事が恥ずかしくて、問われない限り人には話さないようにしていたし、いつもよその家で遊んでいました。両親も、なんだかんだ人を招くこともあまりなかったので、家はいつも静かだった気がします。もちろん今となってそういう後ろめたい気持ちは一切ありませんが、ただ、私もいつか家庭を持つようになったら、是非とも人を気楽に招待できるような、賑やかな環境で暮らすことが夢です。

ホームパーティなんか、とても憧れます。その時、私は料理はまったくダメですが、季節に合ったお花を飾りたいと思います。

このようなお返事でよろしかったでしょうか?またのお手紙お待ちしてます。

山村上

5.08.2009

キャラメル備忘録

手作りお菓子のレシピです。「塩キャラメルピーナッツコーン」といって、アメリカのクリスマスのお菓子に少しアレンジを加えたものです。見た目は下記のようなイメージです。そんなに上品な物ではありませんが、パーティで出したり、おすそ分けとして、甘いもの好きには喜ばれます。先月のスタジオライブでは、うれしいことに何名かお褒めの言葉をいただきましたので、備忘録として記しておきます。



<塩キャラメルピーナッツコーン>

準備するもの:
-- 大きめの鍋
-- ベーキングシート(事前にバターをしいておく)
-- 木べら(プラスチックだと高温で溶けてしまいますので注意)

材料:
-- 砂糖 500グラムの袋1
-- 水あめ 100グラム(パックの半分くらい)
-- 水 カップ1.5ほど
-- 塩 大さじ1
-- ピーナッツ 300グラム
-- ジャイアントコーン 200グラム(酒のつまみのやつ)
-- 重曹 大さじ1
-- バター 大さじ2くらい

作り方:
-- 砂糖、水飴、水、塩を鍋で合わせて中火で過熱します。30分くらいで沸騰しますが、その後もキャラメルになるまでしばらく時間がかかりますので、根気良く混ぜ続けてください。木べらから糸状にしたたるようになったら、もうすぐです。

-- 沸騰しながら、色が飴色になったことを確認してから、ピーナッツとジャイアントコーンを投入し、まんべんなく絡めてください。弱火にしましょう。ここから結構早くドロドロのキャラメル状になりはじめるので、力が少し必要です。もう2-3分ほど経つとキャラメル色に変わります。

-- 鍋をストーブから外して、バターを織り込みます。最後に重曹を混ぜ込むと、キャラメルの中に細かい泡ができ、全体的に膨らみます。すばやくベーキングシートに移して、出来る限り、木べらで薄く引き伸ばします。キャラメルが固まる前に、すばやく作業をすることがポイントです!

-- しばらく常温で冷まします。出来上がったら、手でパキポキ壊して食べやすいサイズにして下さい。保存は常温で、湿気でベタベタしないようにタッパーなどの活用をおすすめします。