6.16.2016

あの時なにやってた?

恥ずかしい話をしようと思う。

2011年3月11日あの瞬間に何をしていたか。当時を経験した人同士、よく出る話題だと思う。しかし、私から切り出すことはない。というか、自分の話をしたくないから他人に聞けない。

私は東京で派遣の仕事をしていて、あの日も勤務先の高層ビルにいた。遅めの昼食を済ませ、用を足しにトイレへ。便器の前に立ち、あろうことか放尿と同時にグラグラ揺れ始めた。あのときとっさに脚と体幹に踏ん張ることができていなかったら、もう一つの小さな大惨事が起きていた。揺れが本格化してくるにつれて、ただ事では無いと思いつつ便器を離れることができない。まずい、早く、どこかへ、逃げなければ。背後の空室の扉がバタバタ音を立てている。

これほど長く感じた小便はいままでもこれからも無いと思う。チャックをなおして避難しようとしたが、不思議に足が勝手に手洗い場に向かってしまう。

あの時考えたことをよく覚えてる。高層ビルの方がむしろ安全なはず。焦らず手を洗うべきだ。ライフラインのことを考えると、むしろいまのうち絶対洗うべきだ。いやバカかこんなデカい地震で呑気に手を洗うとはあまりにも命を粗末にしてやいないか…

オフィスに戻ると、皆が深妙な顔でテレビを囲っていた。私が戻ったことに気づいた同僚と目があった。

「大丈夫か?」

「ああ大丈夫」

「お前こんなときにすごいな」

ハンカチで手を揉む私の手元を見て、同僚はそういった。その言葉が皮肉か、素直な感想だったのかいまでも分からない。