5.10.2015

言ってみるものだ

浜川健吾、独身公務員31歳。

これといった趣味はない。日曜日の夜は海外ドラマのDVDを借りて見るのが楽しみだ。発泡酒を飲みながら2、3本みて、そのままほろ酔いで寝床につくのが特に好きだ。

その一方で、人付き合いが全くダメというわけでもない。食事だゴルフだと友人に誘い出される日曜日もある。稀に彼女がいるときもあり、そんなときには浜川もさすがにぐうたらしていられないので、海外ドラマは我慢して、下手な料理でもてなしたり口説いたりと人並みにがんばるのだ。

しかし話をこの日に戻すと、友人からの誘いもないし彼女もいないので、念願の海外ドラマの夜である。特にお気に入りの刑事アクションモノの一話からみる予定である。

ソファに腰掛けてリモコンの再生ボタンを押そうとした瞬間、忍者の煙玉でも投げ込まれたかのように目の前がまっしろになった。しばらく経って煙が薄まると、浜川の前に死神が立っていた。黒いマントルをまといながら大きなカマを抱えて、いかにも死神というような容姿だった。おもむろに浜川を指差し、こういった

「お前を迎えに来た。心の準備はよいな」

「ちょっと待ってください。せめて一話だけでも…」

浜川の遺体が発見されたのは14日後のことで、部屋にはレンタルDVDと宅配ピザの残骸、発泡酒や缶ビールの山があったという。遺族のよると再生機には人気海外ドラマの最終回のディスクが入っていたらしい。