9.18.2013

思いやり

いつもなら信心深い山本哲也だが、このごろ信仰が揺らぎはじめた。

いままでは毎日欠かさず祈りを捧げ、お布施をおさめ、我をもたず人にやさしくし、神を敬いそして恐れてきた。そんな山本哲也が、事故とはいえ人に殺されるとは誰もが驚く結末だった。警察によると、山本哲也は自分の自転車を盗もうとする若いチンピラとたまたま鉢合わせしてしまい、不慣れなチンピラは逃げずにナイフで刺してしまった。自転車にはカギがかかっていなかったという。

あの世にたどり着くと山本哲也は巨大な待ち合い室のようなところに案内された。ソファやコーヒーテーブルが何列も何列も並べてあり、小綺麗にしている病院のロビーのような印象を受けた。ホテルではなく病院と思わせるのは、たくさんの白衣を着た職員で、皆背中から翼が……翼?

そのとき、ははぁ、おれは死んだのだな、と山本哲也は悟った。同時に白衣の職員が一人近づいてきて、彼に一枚の紙切れを渡した。受け取ると、10,642と書いてある。順番にご案内しますので…と申し訳なさそうに言う。

それからあの待ち合い室で何日、いや何週間待たされただろうか山本哲也には分からない。窓も時計もカレンダーもないので、時間の感覚がすっかり麻痺していった。こればかりは不快であるが、実は山本哲也の心は穏やかだった。なにせ、いままで毎日欠かさず祈りを捧げ、お布施をおさめ、我をもたず人にやさしくし、神を敬いそして恐れてきた。きっとそれが評価され、この際、天国と呼ぶのか極楽なのか知らないがなんとかなるだろう、と自信を秘めていた。

「10,642番の方、どうぞ。」

とうとう神との対面の瞬間がきた。診察室に通されたとき、既に神の目はカルテと向き合っていた。そのまま目を離さず、ブツブツ話し始めた。

「はい、山本哲也さんね。うん…うん…ははぁ。うん…。なるほどね。」

神はパタリとカルテのフォルダを閉じて、はじめて山本哲也と向き合った。

「神様、いかがでしょうか」と尋ねた。

「まあ問題ないでしょう。極楽でも天国でも行きなさい、選べるから。」

「ありがとうございます!それでは失礼します…」

と、最後にいいかけたとき。

「まあ、いいんだけどさ。いいんだけど…ちょっとおバカさんだったね、山本哲也さん。」

「はい?」

「いや、まぁ今更いいんだけど、言わせてもらうとそもそも山本哲也さんが自転車にカギかけてれば、変にチンピラの出来心を刺激せずに、済んだのにね、と思って、さ。ちょっとおバカさんかな、って。」

二度もバカ呼ばわりされた山本哲也はムッとした。

「しかし、私はいままで徹底的にあなたを信じてきました。どんな出来事も神の仕業であって、神は信じる者を救うのであれば、自転車にカギをかける必要があるものでしょうか。」

神は、またきたか、と言わんばかり深いため息をついた。

「あのね、信じてくれるのは勝手だけど、いい大人なんだから自分のことは自分でしてもらわないと。これから気をつけるように」