11.23.2009

ママ今日変だ

ちゃぷん、ちゃぷん。二人の兄弟が一緒に風呂に入っていた。

お兄ちゃん。

ん?

ママが宇宙人に乗っ取られたと思わない?

なにバカなこといってんの。

ちゃぷん、ちゃぷん。

だって、ママ今日変だよ。絶対、ママ今日変。

ママキョウヘン。兄の司朗はその言葉のゴロが可笑しくて、弟の大五郎の言葉をおうむ返ししてみた。ママキョウヘン。

お兄ちゃんってば。

ママのどこが変なのさ?

お風呂にバブ二つ入れさせてくれた。

それが?だって兄ちゃんがバブ入れるときお前がいつも入れたいって泣くから。ママは今日、お前にも入れさせてくれて良かったじゃん。

お風呂にバブ二つもいれて変だと思わないの?

それだけのことかよ。それで宇宙人に乗っ取られたと思ったの?バカだなあ、大五郎は。

それだけじゃないもん。

なんだよ。

バブにブイヨン、って書いてあった。

ブイヨンってなんだよ。仮面ライダー?おまけのシールついてた?
ブイヨン分かんない。

兄ちゃんも分からないよ。バブにブイヨン。司朗はバブにブイヨンのゴロも可笑しくて、繰り返してみた。

すぐ外の脱衣室で、ママはクスクス笑っていた。

11.19.2009

残る思い出

ワシの昔の話を一つしたいと思う。このおいぼれ、若い頃は大企業に勤めていたことがあって、そこそこいい線までいったもんだ。日本中をかけまわりながら、色んな人に会ったり、仕事で様々な成功や失敗を見てきた。

とても忙しくて、なにせ起きてる時間はほとんど誰かと会っている状態だから安らげる時は少なかった。一つゆっくりできた場所は、当時まだできたばかりの新幹線だった。ワシは、この新幹線に乗るのが大好きで、誇りでもあった。

ある日、ある用事で博多から東京に行くことになった。長距離だが、ワシは長旅は全然苦じゃなかった。座席に座り、タバコを取り出して、ふぅ、と煙をはいた。その日の車両の乗客はめずらしく、私以外タバコを吸っておらんかった。気まずいというより少し不思議だったが、ふぅ。ふぅ、とタバコをのんでいたんじゃ。

大阪か名古屋あたりで、若くて綺麗なオナゴが隣の席に座った。これがよう話すもんで、ねほりはほり聞きよる。おじさまは何の仕事してはる、だの、東京に行ったらあたしアイドル歌手になれるの、だの。あたし東京に恋人がいて、いま会いに行くの、と嬉しそうに言う。初めての東京を案内してもらうの。まあそんな調子だが、元気でさわやかな、良い娘じゃった。

おじさま、あたしにもタバコ一本くださいな、とねだってくる。子供、ましてや若いオナゴがのむもんじゃないと断ったが、しつこく言うのでホープを一本よこした。ゆっくり吸いながら火をさきっぽにあててな、深呼吸するように煙をのむんだ、と吸い方も教えてやった。なかなかサマになってたわい。一度も咳こまず、プカプカすいよった。

あたし、父ちゃんもタバコ吸ってた。多分、まわりの客から見れば妙な二人だったと思う。誰もタバコ吸わない車両で、初対面の中年男と若い娘がタバコを吸いながらやかましくしてるところ。

おじさま、あたしにもう2、3本ゆずってくれない?東京駅についたら、迎えにきた恋人を驚かしてあげるの。彼にも、おじさまみたいなかっこいいタバコののみかたを教えてあげたいの。

ワシは残ったホープを箱ごと娘にわたした。娘の名前は、のぞみだったかな。そうだ。沼草望じゃった。そんな、名前。

11.17.2009

あなたの子だから

私の名前は熊之手啓二。私は生まれたときから、右腕がない。

両親はある山奥で暮らしていたことから、ずーっと家族三人の環境で育ってきた。母親も、父親もそれぞれ立派な腕が二本、あるけれども、私だけ左腕一本であることに対して何の特別使いはしなかった。巻き割りだって、水くみだって、狩りも片手でするようになっていった。一度だけ、母親に、なぜ私はこうなのか尋ねたことがあるが、知らないわ、と言われてからその話はお互い二度と触れることはなかった。唯一、私の親から見受けられた気遣い、というものがあったとすれば、私の身体に触れるときは決して両手で触れることはなかった。頭をなでられるときも、抱きしめられるときも、怒られてケツを叩かれるときも、ぜんぶ片腕ずつだった。

私はある日、山道で自分の右腕をひろった。なぜ自分の右腕と判別できたかというと、自分の左腕とそっくりだったからだ。肌の色、太さ、爪の形、すべて完璧だった。右肩にはめ込むと案の定、生まれつきからあったからのようにぴったりはまり、自由に動かすこともできた。両親にも右腕を見せたが、二人は喜んでくれた。それは、よかったな。大事にするんだぞ、と。私は、幸せだった。

ところが、また別の日山道を歩いていると、盗賊に腕をとられてしまった。いや、彼らは私の腕をぶんどろうとしたのではなく、私が右腕で抱えていた斧を取り上げようとする過程で、右腕ごと引っこ抜いてしまったのだった。そのまま、去っていってしまった。その右腕と出会うことは二度となかった。私は右腕を愛していたので、たくさん泣いた。

そういう運命だったのよ、と母親は言う。まるで、めぐり合えたものと別れがいずれくることを前から悟っていたかのように。お前が自分の右腕だと思っていても、一緒にならない運命は変わらないものなの。でも、なぜ神様は私のために作られたような右腕と私をめぐり合わせるの?とたずねた。

母は、それはあなたが愛を知るために、少しだけその腕との時間を下さったのよ、という。それでよかったじゃない。そのとき、母ややさしさ故言わなかったのだろうが、彼女はそのときから気づいていたのだと思う。私が自分のものと勘違いしていた「右腕」の親指の付け根が、手のひらの左にあったことを。

ぜんぜんよくないが、私は今日も左腕一本で無事に暮らしている。まるで左腕の生き写しのような、右腕を夢見ながら。

11.10.2009

そんな日でした

宇宙は、果てしないものだと習いました。今でもアメーバのように広がり続けていて、人類がその縁側においつくことは当面、ありえないのではないかと思います。そんな宇宙に住む星たちも生き物で、生まれては育ち、寿命がくると爆発し、そのかけらから新たな星が生まれるということも習いました。これが、情けないですが私の天文学の知識の限界です。

でも、宇宙は本当にそんなに限りないものなのでしょうか?無限大の星があるなら、空いっぱい星で埋め尽くされているはずかと思います。がびょうをポツポツさしたような夜空を見上げると、本当かいな、と無礼ながら足りない頭でふと思ったりします。そのガッカリ感というか。こんなんですかい、と。みんなどこですか、と。

きっと、いくつか星が怠けていることでしょう。気持ちは、よくわかるような気がします。目をきつく閉じて30秒息を止めてから目をばっと開いたら、一瞬ですがたくさんの星が見えました。

11.05.2009

覆面調査の苦悩

ボコボコにされていた。まるで三人のチンピラに囲まれて袋叩きにあってるかのように、三人のチンピラに囲まれて袋叩きにあっていた。当然のこと、私はパニックしており冷静な思考は不可能だったが、そのとき一つだけふと思ったことは、彼らは「本気」だったということ。

金の欲しさがヒシヒシと伝わってきて、その瞬間に感動に近いものを確かに感じた。カツアゲに本気も手抜きもないかも知れないが、彼らの段取り、実行力から明らかな執念が見受けられた。最初は言葉で恐喝、それからかるいジャブ、それでも金をだそうとしない私を最後に全員全力で袋叩き。

見事なやりっぷりだった。肋骨が何本やられているだろうか。目の上が腫れてみえない。内臓出血もしてると思う。最終的に金が奪われて当然だ。彼らが場を去った後も、地面にうずくまった状態で死にそうだったがどことなく納得している自分もそこにいた。

それにふりかえ、助けに来た通りすがりの青年はどうだったかというと、これがなかなかひどいデキだった。大丈夫ですか、とどうみても大丈夫そうにない人間に問いかけるのだ。救急車、よびますか、ってそりゃあ、まぁそんな調子だ。善人側はただ働きだもの、無理もない。こっちも悪かったねぇ、助けてもらっちゃって、と簡単なパスを出してみても、ええ、ああ、とかえって気まずい空気になる。

最近の若者はいったい何がしたいのやら。

11.02.2009

おととい先住民

ここは小さな南の島。時刻は分からない。私は、砂浜で意識を取り戻そうとしている。船が嵐にあったのはおそらく昨夜のことで、私は波に運ばれてここまできた。そしてここは小さな南の島。時刻が分からない。

生き残ったことが良かったことなのかどうかは、まだ分からない。ただ一度は失ったものと考え、命を粗末にするつもりもない。

この無人島は無人島でなかった。若い男が、すぐとなりで体育座りしている。ニコやかな表情だ。仮にボロボロの洋服の替わりに海パンでもはいていたならただの、海に遊びにきた若者に見えたはずだ。

大丈夫ですか、と尋ねてくる。大丈夫もなにも、このありさまだ。若者は私のために水と見たことのない木の実を持ってきた。どれが食べられる木の実かよくわからないですが、今のところまともな味をしてるのはこれだけで、と説明される。私も先週ついたばかるなんです、という。

あなたが来てくれて、うれしいと若者は言う。カワイイ女の子でなくて申し訳なかった、と言ってお互いしばらく笑って見る。私はこの若者がいてくれて良かったかどうか分からない。何せ一人での無人島生活を経験したことがあるのは一週間ぽっちだったとしても彼の方で、私は入門者。

打ち解けた。

いまだ、この島をどう降りるかについて話題になっていない。

渡辺さん、私はこの無人島が好きですよ。

好きかどうかはまだ分からないけれども、まあ良かったと思うよ、と笑って見せた。