12.31.2018

ちょっと話があるの

長井弘作、33才独身会社員。このご時世に珍しく、社会人になって以来ずっと同じ会計事務所に勤めている。

大掃除の仕上げにフローリングの雑巾掛けをしながら、ぼんやりと去る歳を振り返っていた。今年は本当に仕事が忙しかった。ふと友人や家族とほとんど顔を合わせていないことに気づく。インターネットやメールは便利なもので、生活のリズムを一切崩さず近況を報告したり相手の状況もなんとなく伝わってくる。用事もない電話、直接会いたいという要望、最近元気といった曖昧な問いは、相当のことがなければしない。もっともその「相当のこと」すら140文字や写真やイベント告知で済ませることも可能になっていた。

来年は会社を辞めて、長年の夢だった南米アコンカグアの登山に挑戦しようと思っている。そのため婚約破棄し、家を引き払い足立区のワンルーム風呂なしアパートに引っ越して、全ての財産をトレーニングや必要設備に費やすことになる。

しばらく音信不通になるので、ひとまずツイートを作文することにした。

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今年もこれで閉店です。

お世話になった方々、今年もお世話になりました。みなさまの年越しが穏やかでありますよう心より祈っております。

来年もよろしくお願いいたします。

ヒナミケイスケでした

12.13.2018

私なりの老後

麻原光男、67才無職婚歴なし。

若くないが、気はそんなに年老いたつもりでもない。子供の頃、歳をとれば当たり前のようにゲートボールを始めておかゆしか食べない人間になるのではないかと恐れていたが、いざ歳食ってみてそうでなかったことにホッとしている。

土曜日の昼下がり、六本木一丁目にある高層オフィスビルの屋外喫煙所。鏡のように磨かれた黒い革靴、ベージュに赤ストライプのウールパンツ。赤と緑のプレードチェックのロングコート、レモン色のハット。立派な白ひげをはやしている。イオンの安い発泡酒を片手に、小洒落たパン屋で買った小洒落た菓子パンをむしゃむしゃ食べている。

現役時代は出版会社の営業マンで、仕事も遊びもこの界隈だった。定年してから時間だけはあるので、こうして街をぶらぶら散歩するのだった。

去年だったか道端で、流行りのシニア向けファッション誌のスカウトに出会い、スナップが掲載された。ちょいワルエレガントおじさまの模範とかなんとかコピーもつけられた。いい気分だった。それから少しずつ洋服に興味を持つようになり、あれこれ冒険してみるうちすっかり個性派な仕上がりになってしまった。