3.28.2007

足腰の安定と懐かしい街

堕天使が下界をさまよっていた。50年ぶりの、下界である。
厳密に言うと下界をさまようと同時に、道にも迷っていた。

この元・天使だが、何も悪いことをしていない。天国でも朴訥で目立たない存在だった。下界をさまようようになった経緯は、何か悪さをして「落とされた」のではなく、不意に雲の濡れたところに足を滑らせて「落ちた」からだった。悪いのは、強いて言えば運と、コケた瞬間のふざけた格好だけだった。ただ、それでも今、下の階にいることには変わりないから、いずれにしても立派な堕天使だということにも変わりはなかった。

本当に悪サをして、下界に落とされた天使も当然いる。この連中が普段どうなるかというと、悪サの度合いによって100年から500年間、その天使にとって下界の「つらい」思い出の場所で過ごさなければならない。その後、しっかり反省していれば天国復帰できるのだった。たとえば、生前のヨメの実家とか(著者の実体験とは直接関係ないことは言っておく)、肛門科とか(著者の経験とは若干関係ある)、好きだったけどとうとう告白できなかった女の子の結婚披露宴とか。そういう子に限って新郎がイヤなヤツだったりするのである。

ただ、今日落ちた元・天使は先に述べたように、何も悪いことをしてなく、むしろ親玉にも落下したことすら気づいてもらっていなかったため、何かやるにも何もなく、さまよったり道に迷う他に何もできることがなかった。再び天国に戻るツテもないものだから、ある意味通常の堕天使と比べても絶望的な状況だった。

そんな彼が最近、どこをさまよっているのかというと、錦糸町のマルイの靴売り場である。バスケットシューズの底のグリップの形には大層うるさくなってきたそうな。

3.26.2007

業務連絡:ライブとCD

今月末をはじめ、いくつかライブをやります。ご都合が合うようでしたら、是非いらしてください。それぞれの日にちょっと違う曲をやったり、カバーを潜ませたり、変わった雰囲気でやろうと思っています。久々の連続アウェー戦に突入する寸前、さっそくお約束の腹痛がやってきました。やってやろうじゃないの。

3月30日(金)秋葉原 dress tokyo
http://www.dress-tokyo.com/top/live/live.html

4月3日(火)青山 月見ル君思フ
http://www.moonromantic.com/

4月8日(日)渋谷 the pink cow(アコースティック)
http://www.thepinkcow.com/

開場で次のCDを配ります。是非、聴いて見てください。郵送をご希望の方はメールでお名前と住所を送っていただければ、無料で一枚お届けします。よろしくお願いいたします。


the hinsi etude by cayske hinami
"earnest plight of the passive-aggressive"

1. detache
2. i hate you
3. put your coat on

3.23.2007

江東区住吉の話

私はいま、東京都の江東区に住んでいます。
2年前くらい、ここでマンションを借りることにしました。

街を歩いたことがない人や、独身の方だとあまり話題に出てこない区かもしれません。端的に言うと目立たない下町で、古くからある住宅街や商店街、マンションや学校が中心となっていて、生活感丸出しのところです。最近は多くのタワーマンションや大型の商業施設が建てられているようで、数年後どのように街が姿を変えるのかは少し、気になるところです。ですが、僕は江東区での暮らしが好きです。六本木ヒルズというより、錦糸町のマルイ。夏祭りと微妙に見えそうに見えない隅田川の花火。焼き芋のおじさんのヘビーローテーション。ちょっと自慢の、行き着けの洋食屋さん。漫画の世界から出てきたような、酔っ払いのおじさん。クリーニング屋さんの受付のフィリピン人のおばさん。いったい誰が行くのであろうと思わせるキャバクラ街と居心地悪そうなキャッチの黒スーツのチンピラのお兄さん。すごい数の蕎麦屋さん、すし屋、お稲荷さん。ガラガラを引きずる無愛想のババア。異常に世話焼きの育児相談所の方々。古びたミスタードーナッツ。ドキドキしちゃう、「看板娘」。

ノスタルジーなんて、キラキラ騒がしいもんじゃないんです。
街ごとたぬき寝入り、なんですね。「意地」が潜んでますから。

残念ながら、空気はあまり良くないかもしれません。最近、ヨメと息子がぜん息気味になりました。そんなこともあって、今は大通りからもう少し離れたところに引っ越したいと考えています。

いいとこ探すぞー。

3.18.2007

500円玉の亡者

あくまでも気持ちの話に過ぎないかもしれません。

私は普段、スタジオに練習をしに行くとき、家の近くの自動販売機で120円のコカコーラを買って行きます。一昨日は、小銭がなかったので1,000円札で払いました。おつりは880円。500円玉が一つに、100円玉が3枚、50円玉が一枚、10円玉が三枚。コーラを飲みながらポケットの中で小銭たちがジャラジャラ泳ぎます。駅に着くと、スタジオのある駅までの電車賃380円の切符を買いました。たまたま、さっきコーラを買ったときのおつりで払いましたが、残りが一枚の500円玉でした。

なんといえばいいのでしょう。いい買物をした、うん。なんともいえない充実感を感じました。私は500円玉が好きです。そのゴツい鉄の塊を握りながら電車に乗りました。その価値はさておき、500円玉と1,000円札のどっちが好きかと聞かれれば、私は持ち物としては500円玉の方が断然、好きです。お金らしいお金、というか。例えば、子供の頃は駄菓子屋でおやつ買っておいでと親にお駄賃をもらったこともありましたが、稀に10円玉とか50円玉じゃなくて500円玉を渡されたときの嬉しさを思い出します。当然、つりをネコババできるわけないのですが、フーセンガムを買うときに感じるその500円玉の力の有り余った存在感、というか。気配を感じさせない1,000円札とはわけが違うわけです。

おいおいボウズ、フーセンガム一つだけでいいんかい。
おいらに任せておきナ。

500円玉って、全然イヤミっぽくない硬貨、そんな気がします。札束ってなんか、えげつない雰囲気が否めないです。いただけるモンだったら、いっそのこと全部500円玉に両替しちゃおうかしら。

3.15.2007

選択肢はない

神野知恵子とは、僕の幼馴染のことだ。
出会ったのはかなり昔のことで、その頃のことは覚えていない。
僕も彼女も今年で二十歳だが、いまだ同じ街に住んでいる。
恋人ではない。思い返してみれば、恋の話なんかしたこともない。

本当に仲がいいのか、共通の友人にはいつも疑われる。なぜ疑われるかというと、僕はあまり、彼女と会話をしないからだ。ただ、確かなのは彼女と一緒に「歩く」ことが多いことだ。僕が通う大学は、彼女の職場のひとつ先の駅にある。帰りの電車でよく会ったりする。自宅も近いので、そのまま駅からの帰宅路も一緒だったりする。遭遇するのはそこだけじゃない。週末は、お互い別々に予定をたてたというのに、家をでる時間がかぶることもよくある。そのまま駅までの土手の道を歩く。いつも、彼女と横並んで歩く。60センチくらい離れて、歩く。試しにその幅を縮めて歩こうとしたことがあるが、それに伴って彼女は磁石のようにはなれて、距離は保たれた。

知恵子は無口だから、あまり会話ができない。その間に耐えられないのは僕の方で、仕方なく僕はしきりに彼女に話しかける始末だ。あまりにも喋らないので、時々僕はイライラすることもある。恥ずかしい話だが、彼女にどなりつけたこともある。

「あたしの考えてることなんて、関係ないじゃない。どうせあなたには分からないわよ。あなた一人で考えなきゃ。でも、あたしは見てるからね、大丈夫よ。」

そんな一言は、はっきり出てくる。そういう日は最悪だ。

いっそのこと、彼女を避けてしまおうかと思うこともあった。その日はいつもより早起きして家を30分早く出た。知恵子の家を過ぎようとすると、彼女があくびをしながら出てくる。しっかり出かける支度がしてある。迷惑そうに僕をにらみつける。

「だって仕方ないじゃない。」

そうだった。

3.13.2007

良い背中を求めて

「さけるチーズおじさん」がいる。
ほら、あそこの公園のベンチ。
きっと、今はお昼休みなんだ。
今日もとても、穏やかな顔をしてる。

お弁当箱を片付けて、コンビニで買ってきた、さけるチーズを食べているよ。遠くからは良く分からないだろうけど、このおじさんはさけるチーズの達人なんだ。ずいぶんゆっくり食べてるように見えるだろう?それは、ものすごく細かく「さいて」食べてるからなんだ。このペースだと、あの一本のチーズを食べきるのに20分はいけるんじゃないかな。全部同じ長さと細さで「さく」のはとても、難しいんだ。

さけるチーズおじさんがなんで凄いかって、僕が彼を発見してからこの数年間、火曜日と木曜日は必ず、あの公園のベンチでさけるチーズを必ず食べに来るんだ。そして、いつも穏やかな顔をしている。

僕はさけるチーズが大好きだ。だから、さけるチーズを愛するおじさんのことも好きだ。だって、あんなに美味しそうに、愛しく食べるんだもの。プレーンも、スモーク味も、激辛味も、ぜーんぶ同じように食べる。実はのことを言うと、彼がさけるチーズを食べ終わって会社に戻ると、僕もコンビニでさけるチーズを買ってきて、あの同じベンチで彼の真似をするんだ。まだ、あんまり上手じゃないんだけどね。

ささやかな幸せだと人は言うかもしれないけど、僕はそう思ってない。
僕にとっては、ささやかでも何でもない、ただの幸せなんだ。

3.09.2007

草のベッドで寝てたんだ

ベッドの左側からおりる、そして洗面所へ。

蛇口からハチミツがトロトロ流れ出てくる。イヤなんだけど、いつの間にか両手でそのハチミツをすくって顔にあてている。鼻の穴が甘い匂いでいっぱいだ。髪の毛にもべたつく。タオル掛けにかかった、束ねたホットピンクの靴ひもを手の中で丸めて顔をぬぐおうとするが、当然それではハチミツを落とすことはできない。仕方がなく風呂場に入り、そこの蛇口から出てくる生ぬるいプーアル茶でハチミツを洗い流す。鏡の中で金魚がプクプク。

顔がびしょびしょのまま、やれやれと居間に向かう。台所の椅子においといたクイックルワイパーの詰め替えパックはどこだ・・・。みつからないので、冷蔵庫の中のとっておきの新品の靴下を取り出して顔をぬぐう。気づけばソファで松下幸之助が寝そべってテレビを見ている。NHKのおはよう日本。

「ねぇねぇ、このアナウンサーの声きれいだよね」

幸之助は気に入ってるようだ。でも、一番気に入ってるのは声なんかじゃないだろこの野郎。先に起きてるんだったら、コーヒーくらい入れておいてくれたっていいのに。

「ごめんごめん。普通朝、食べないんだよね、俺。」

そうだったっけ。去年泊まりにきたときは、ブルーマウンテンどうのこうのってこだわってなかったっけ?言い合いになりそうな瞬間、トースターの蛍の光のチャイムが鳴る。チャーンチャチャーン。やっぱり掃除機、買っておくんだった。

「トースト焼いておいたよ。だって、今日は君の誕生日だもの。」

覚えててくれたんだ。ありがとう。

なにぬる?きなこバター、それともハチミツ?今日はハチミツでいいや。洗面所のハチミツはやめたほうがいいよ。塩素が入ってるから。そうか、ありがとう。いやあ、君は実にいいやつだ。別にいいんだよ、もうちょっと泊まっていっても。

Tシャツに着替えて、さて今夜もお仕事だ。

3.05.2007

あきらめ

「ちょっと、貸してくれませんか」

うつむいた男は、手元のコーヒーカップを両手でつかみながら小さな声で言った。
ちょっと、それほど恐い金額はないという。

「今すぐ必要なのは100万円、いや、150万円くらいあると嬉しいんですが、来年中には返せると思うんです。上手くいけば、ね。どう思いますか?」

たどたどしい口調が、頼まれる側をより一層不安にさせるのだった。目の前にいる男はかつて有望なキャリアマンだった。大きな会社で営業の仕事をやっていたが、あるとき独立をして、まぁ、早い話、失敗して首が回らない状態まで陥ってしまったのだった。様相は数年前とさほど変わらないが、目元が疲れ果てている。その目つきは明らかに尋常さに欠けているのだった。不幸中の幸いというか、彼にはまだ若さと、独身の身軽さがあった。ちなみに、相談を受けていた人物は、男の前職の上司だった。

「あきらめるタイミングを見切るのも、アレだぞ」

「分かってます・・・ただ、まだ、いけると思うんです。銀行はもう相手にしてくれませんが、せめて僕のアイデアをちょっとでも理解できる人だったら、と思いまして」

「分からんでもないんだが・・・」

上司はその男の能力をかっていたし、100万円であろうと150万円であろうと多少の金の余裕はあった。なんだったら、今からでも現金を渡すことだってできた。ただ、今は目の前のズタズタになった男の姿にただただ唖然としていた。かわいい後輩を哀れむべきだったであろうが、自分でも認めたくない、嫌気すら感じていた。ついつい言ってしまった。

「はじめから、辞めるんじゃなかったな」

その一言をかぶせるように、上司はすかさず大声で笑い、まぁいまさらそれは気にするな、と付け加える。自分に言い聞かせているように聞えたのもあって、男は言葉を返せずにいた。

「いや、でも本気にだな。あきらめるタイミングを見切るのも、アレだぞ」

「あきらめ、ですか」