1.28.2009

キャシーって呼んでね

キャシー・カワサキ、31才。中野にあるスポーツジムのエアロビ講師だ。数年前、自分が出演した通販のエクササイズビデオが流行ったこともあり、最近は減ってきたもののテレビ番組に招かれることも時々ある。

彼女の本名は川崎かなえ、年齢は同じ、栃木県出身。父親は市役所のキャリア、母親は専業主婦。一人っ子だ。家柄は平凡で特別な縁もなく、育ちの環境として裕福とは言えないがそれなりにのびのびと暮らしてきた。小さい頃は音楽が好きで、ピアノや歌の稽古など受けていた。ただ、もとから優れた運動神経に恵まれていたせいか、それとも周りの期待に動かされてか、徐々に生活は音楽から遠のき、やれバレーボールだ、やれ体操と、やがて周囲も本人も身体能力が最も大きな資産と考えるようになった。東京の大学に進学できたのも、それに関係している。短い間だが、ロスアンゼルスに留学したこともあった。現地のアメリカ人は「カナエ」という名前を上手く発音できず、飲み会のノリで彼女を「キャシー」と呼ぶようになった。ビデオのゆかりで、すっかりジムでも「キャシー先生」が定着している。

帰国後、スポーツジムのアルバイトをはじめてそのまま現在に至る。

エクササイズビデオの印税といっても、はじめこそは凄かったが、一人とはいえ長く生活を支えられるほどのものではなかった。エアロビの仕事はもちろん続けるつもりでいる。テレビの仕事はうれしい副収入だ。

キャシーは残りの人生についてときどき考える。エアロビの講師は体力的にかなりきびしい。慣れている、だからといって一日に何度もクラスを指導して疲労がたまらない訳がない。いったいいつまで続けられるものか、自分でも意識しはじめている。結婚、そりゃあ結婚したいと思える相手がいれば良いが、それだけのために人生を棒に振るほどの世間知らずでない。親は栃木に戻ってこいと言うが、戻ったところで栃木県のエアロビ講師になる以外で特段おもしろい展開が一つも思いつかないでいる。せめて事務作業の一つでも身につければ色んな可能性が開けるのかも知れない。

そんなキャシー・カワサキ、31才。
本日もはちきれんばかりの笑顔であなたとエクササイズ。

1.23.2009

ちょっとお話が、あるの

聡子にとって、一日のなかで最も忙しいのは朝の時間帯だ。

六時半起床、朝食の支度をして、夫も起こして食べさせて送り出す。それから、いつもの家事がはじまる。洗濯、掃除機、干し物、拭き掃除、そしてアイロン掛け、夕飯の買い物の順で挑む。月曜日の今朝も、そんな朝だ。

プラスチックのカゴいっぱいの洗濯物を、洗濯機のある脱衣所に運ぶ。今日の量は2回に分ければすぐ終わりそうだ。週末に着ていた夫の紺色のトレーナー、チェックのブリーフ、靴下。聡子のジーンズ、下着。二人の色物で洗濯機がいっぱいになる。この洗濯機は先週買い換えたばかりで、まだ使い慣れていないが汚れがよく落ちる。聡子の性格がせっかちなので説明書は読んでいない。不思議なボタンやスイッチがいくつかあるが機能が分かっていない。大雑把だが、聡子は新しい洗濯機を重宝しているし、お金に余裕はさほどないのにすんなりこの買い物に納得した夫に感謝している。

ガキッガタッゴトトト。

突然、明らかに妙な音がする。洗濯機は激しくゆれはじめ、置き場の枠から飛び出しそうになる。聡子は「切」のボタンを押すが洗濯機はおかまいなしにゆれ続ける。お手上げの聡子は両手を洗濯機のふたにのせると、最後にガタンと大きな音を立てて静まり返った。聡子がため息をすると同時に洗濯機がプシューとハモる。

壊れちゃったのかな。どうしよう。
説明書、なくしちゃった。

機械音痴のお約束は、「壊れているかどうか」を確認するために同じことを繰り返して、もっと壊すことだ。聡子はまぎれもない機械音痴だ。生まれつきの性質なので、こればかり聡子は責められない。もう一度、電源を入れて洗濯機をまわす。ゴトト、プシュー。

あー。夫に怒られる。
買ってもらったばかりなのに・・・。

聡子はしょんぼりした。少し泣きそうだった。

濡れた衣類を取り出して洗濯機の中を覗くと、こなごなに砕けたボールペンの破片が底の溝にあちこち刺さっていた。

1.20.2009

快速幽霊列車

私の名前は三津葉昭二。56歳の会社員だ。

豊島区在住。巣鴨駅から20分くらい歩いたところにある、小さな古アパートの二階部屋で暮らしている。ここから新宿にある会社に通っている。こんなご時世だが、かれこれ30年以上も同じ会社で勤めさせてもらっている。家族も親戚もいない。寂しいと思うことはたまにあるが、独り身というのも気軽なもので捨てがたい。いまさら、他人の重荷にはなりたくてもなれまいと多少諦めている部分も、ある。これでも、私は正直恵まれている方だと自負している。

定年退職してからは、その後も静かに暮らし、身の回りのことが自分でできなくなったら貯金を使って老人ホームに自ら入ろうと思う。私の人生は、それ以上でもそれ以下でもない。これで、いいと思う。

私の部屋を幽霊列車が通過するようになったのは、そんな人生計画を思い描きはじめた時期とちょうど重なったのだと思う。私の部屋の玄関のとなりに、鉄格子のついた小さな窓がある。午後10時くらいに部屋から窓の外をのぞくと、そいつは玄関のすぐ外を通過する、2階の外の廊下を線路にしたかのように。列車は音をたてないが、割とゆっくり通るので、よく見れば乗客の顔が確認できる。客数はまばら、その人たちの表情は普段乗っている本物の電車とさほど変わらない。大人も子供も、男も女も。元気そうな笑顔も、穏やかな表情も、悲しそうな人も。

毎日通ってるかどうかは分からないが、私は、時々無性にその幽霊列車が見たくなる。見たいときは、9時45分ごろに椅子を窓の側において、片手にコーヒーを持ってじっと待つ。時々、乗客と一瞬目があったりする。いまのところ、見たい日は見れているので毎日通過しているものだと思う。

そんな中、一つ気づいたことがある。人は不思議な出来事が起きると、まず当たり前のように自分に何らかの原因があるのではないかと思いがちだ。私だって、はじめて幽霊列車に気づいたとき、とうとうお迎えが来たと思い込んでしばらく窓に近づけなかった。でも、十数年も同じことを繰り返していると、この幽霊列車がいかに自分と関係がないことか気づかされていた。列車はたまたま、私の部屋の前を通過しているだけのこと、である。

それ以上でもそれ以下でもない、私の小さな楽しみである。

1.15.2009

世界選手権

時々、森山直太郎をパソコンで見ます。
何か、告白してるみたいでドキドキします(笑)。

彼が歌を通じていったい何を伝えようとしているのか、多分いろんな人が彼の音楽を聴いてそう考えながら楽しんでおられるものと想像しますが、残念ながら私はその領域には追いついておらず。深く考えたことはないのですが、彼の歌い方とか言葉の響きが漠然と気に入っています。私、歌にまつわる技術的なことについても全くの素人ですが(なんだか今日もぶっちぎりの役立たずですみません)、僕の心の中で森山直太郎は「たちつてと」と「がぎぐげご」の達人です。とりわけ、「が」の世界選手権があったとすれば、相当いいセン行くんだと思います。

彼の曲で、「生きてることが辛いなら」というのがあります。これ、時々テレビで流れたりします。下記が、その曲の出だしの歌詞です:

------------------------
生きてることが辛いなら
いっそ小さく死ねばいい
恋人と親は悲しむが
三日と経てば元通り
------------------------
作詞:御徒町凧、という人

ここまでこのお話に付き合ってくださっている勇敢な読者様がいれば、一度彼が歌ってるところをyoutubeなどでご確認いただいて、上記にある三段目の最後にある「悲しむが」の「が」に耳をよせてみて下さい。すごくステキな「が」なんです。ソフトな感じでノドの奥から「が」が出てきて、ピッチを微妙にウニュって上げて、容赦なく息をプツンと切るんです。すごく切なくなります。「が」って、英語でいえば「but」的な存在で、「but」と言っておきながら次の行に移るまで宙ぶらりんにして、気持悪くて、その間が結構気持良くて。

それと、その三段目の言葉の区切り方もすごく遊び心があって。「コイビトトオヤワカナシムガ」のなか、二つの「ト」が並ぶところ、意味的には全然親戚じゃないのに二つの「ト」を強引につなげていたり。踊っててスキです。

えーと・・・ごめんなさい。

1.14.2009

プレイガール

「かくれんぼする子、この指とーまれ」

公園の中心で小さな男の子が、人差し指を天にさして歌うように叫ぶ。今現在、まだ午後3時なのに早々周辺の建物も夕日のオレンジを受け、冷たい夜風も目覚めようとしている。僕だったら、もしかしたらこんな時間になってこの指に誰一人止まらなかったらどうしよう、と少しくらいは不安になるかもしれない。実はかくれんぼなんかしたくないのに、嫌われたくないヤツだけが嫌々あつまってきたら僕がイヤかなぁ、なんて思うかもしれない。

ただ、この男の子に時間制限の概念はない。叫べばきっと子が集まると自信に満ち溢れている。かくれんぼは楽しい。そして、まだ暗くない。他の子もきっと、似たような考えなのだと思う。

案の定、子供が7、8人群がってくる。

指に止まれといったから、必ずしも指に止まらなくても良い。要するに、男の子に近づくなり、声をかけるなりすれば十分な意思表示となる。ただ、中にバカ正直に本当に指に止まろうとしているのが、一人いる。

その女の子は男の子より相当身長が低いのにも関わらず、男の子をよじ登る勢いで人差し指を両手でつかもうとしている。余裕たっぷりだった男の子もさすがにあっけにとられて、やめろよぅ、と女の子を振り払おうとする。

「あたしも絶対、かくれんぼするの」

「あいたたたた」

指をつかまれた。

「あたし、絶対鬼じゃなきゃイヤだから」

勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。

そのとき初めて、男の子は今日帰れるのかなぁ、と思った。

1.10.2009

業務連絡:ライブ

みなさんこんばんは。今月の日程は下記の通りです。
もしご都合がよろしければ是非遊びにきて下さい!

black box broadcast
studio museum笹塚店 Gスタジオ
http://www.studio-museum.com/sasazuka/index.html
1月10日(土)
18:00開場、18:30開始
お一人様1,000円
軽食/ドリンク付き、持ち込みも歓迎



下北沢 Cafe PIGA
http://www.piga.or.tv/
1月17日(土)
19:00開場、19:30開始
お一人様1,000円
ドリンク付き、ライブの後一緒にカレーを食べましょう

1.08.2009

ロバの子供よ美しく

小さい頃は、「親」は僕にとって一言で言えば絶対的な存在だったと思います。親の言動一つ一つがまぎれもない正義であり、真実であり、最も人生の正解であると疑いもしなかった気がします。ただ、親も子も年をとるにつれて、僕の視点が変わってきたせいか、あるいは親が実際気を抜きはじめたせいか、一時期スーパーマンに見えた人物が気がづけば限りなく凡人になっていました。

そんなひらめきによって、突然親がもっと好きになったとかキライになったとか明確な結果はなく、ただ自然に受け入れるようになったと思います。親だって愚痴るし、悪口言うし、怠けたりするし、時にはずるかったり頭でっかちになったり異常に心が狭かったり。ようは、己と同じように。当たり前のことだと思います。

立場が逆転して今度は自分が家庭を持つようになり、どんな親を目指すべきか、なんてこと、時々考えたりします。子供が生まれる前までは、いわゆるスーパーマンになってやろうじゃないの、と意気込んでいたと思います。自分は親の二の舞になるまい、と。極端に言えば、今から死ぬまで規則正しい生活、理性を常に保ち、本当に大事なときに限ってガツンと激怒し、常に家族のことを優先し、育て、養い、夢を与え、逃げず、やさしくあかるくかしこくするどくまるくがまんづよく、ゆれずうらぎらない。

今でも上記を諦めたわけではないけれども、全てにおいて100点とれるわけありません。それでも、心のどこかで子供だけの前ではちょっと理想像を見せ付けるように作ってる部分も正直あると思います。それは一種の「嘘」なのか、どうか。果たして子馬に対してユニコーンになれ、というのはフェアなのか。

それとも、角が生えるように死ぬまで念じることに意味はあるのか。
それとも、馬はあくまでも馬なりに。微妙なところだと思います。

少なくとも、僕はどれが正しいか分かりません。
少なくとも、100%素で行くのは正しくない以前に、僕は恥ずかしい。