1.31.2007

コスモポリタンヌ

高橋紀美代は今夜、美容院に行く予定だ。
ワクワクしている。

一週間前から予約をしなければ入れない、有名な美容院に通いはじめたのだった。そのお店は彼女の自宅から電車で40分離れた街にある。高橋紀美代にとって、この美容院に通うことはとても特別なことだ。美容院に行くまでの髪型をどうしようか、どんなお洋服で行こうか、今回は担当の美容師さんにどれだけ任せてみるか、悩んでいる。一週間も、悩んでいる。とても、幸せそうだ。

ようやく入り口にたどり着くと、どきどきする。自動ドアがスーッと開く。
暖かい空気、美容院独特の甘い香りが彼女を迎える。

はたして、顔を覚えてくれているだろうか。

「いらっしゃいません。あ、高橋さん、お久しぶりです!」

受付の男性は元気良く挨拶をする。
覚えてくれたようだ。

「うーん!ごめんネ、ちょっと早くついちゃったわ。」

男性は高橋紀美代をソファーに案内し、担当呼びますね。ちょっと待っててください。少しすると、ちょっと顔色の悪い、他の男性が出てくる。

「いらっしゃいませ。高橋さん・・・ですよね?」

「あ、山形さんおひさしぶりーまたきちゃった!」

「いつもありがとうございます。今日はどうなさいましょうか」

「あれれー元気ないわよ?」

「え、そう見えます?全然元気ですよ」

この山形という美容師の僅かなテンションの低さを察知してしまう。結局それが気になって仕方がなくて、高橋紀美代はせっかく紙に書かんばかりに暗記してきたスタイルの指示をするのも忘れてしまう。思わず、前と同じ感じ、でいいかな?とても気に入ってたの。と口にしてしまう。

「かしこまりました。」

カットが終わったころはさすがの高橋紀美代も口数がすっかり減ってしまっていた。髪型にはまったく問題がない。とても可愛らしく髪型が仕上げられている。

ちょっとムスっとした彼女は帰りの電車で、若いサラリーマンを見かける。見るからに高級品のような、立派なスーツを着ている。ただ、その男の猫背と、口ポッカリ空けて携帯電話をいじってる姿が気になって仕方がなかった。

1.30.2007

食にかかわる話

<1:最近印象に残った友人との会話>

「俺、最近ちょっと大人になったよ。」

「なんで?」

「高い料理食べてもな、」

「うん」

「大して味が分かんねぇ、てことに気づいたんだ。」

「それを言うんだったら俺も大人になったよ。」

「なんで?」

「高くて美味いのは当たり前って思えてきた。」

「そうかー。」

<2:友人とファミレスでホットケーキを食べる>

先日、友人を誘い出して、ロイヤルホストのホットケーキを食べに行った。無理やり付き合わせた感もなくはないが、熱くヤツと一緒にホットケーキを食べたかった。実に、ほっとする食べ物だと思う。あながち冗談だけではない。見ただけで味が分かる食べ物というのは、それほど多くない。反例として、「ベルギーワッフル」という代物がある。香りはホットケーキと同じだが、食べたときのスカスカ感こそ実に不愉快だし、味も微妙だ。裏切られ感満点である。ホットケーキの方が、正直な食べ物なのだと思う。もっちりしてて、甘くてステキ。あと、友達と一緒に何か食べるということは好きだ。

1.29.2007

どこからが貧乏性

自分でも分かるくらい、モノを捨てられない性格だと思う。
先日、100円ライターを使い切った。2、3ヶ月くらい使ってたと思う。

小さな達成感を味わう。心の中で小さくガッツポーズをするも、このライターを少し名残惜しく思う。妻が買ってくれた「あしたのジョー」のライターだった。片面はジョーの顔で、反対側はあの、オッサン。デザイン性に優れてるわけでもない。ジョーのラストシーンってさ、あれ、死んでるんだったっけ?そうよ、ジョーは燃え尽きたのよ。それを言うのであれば、このライターも言葉通り燃え尽きたことになる。

思い出といっても、そんな会話の一つのきっかけになっただけのこと。
私も妻も特段、あしたのジョーのファンではない。

代わりに昔から使っていたジッポのライターを取り出す。1年ぶりくらいかもしれない。モノに神が宿ってるだとか、そこまでとは行かないけども、そのままこのライターをポイするのにどうしてもためらいを感じてしまう。そんなわけで、このライターは未だ僕の机の上で放置されている。

男は引きずるのよねぇ。捨てればいいじゃない。

妻はそういう。

1.26.2007

もしもこの僕が

北風が駅前の広場で吹き荒れる。
男は駆け足で新橋駅に入っていった。
川崎にある取引先を訪問するために、東海道線に乗るのだった。

もう夕方の五時。ぎゅうぎゅう詰めの下り電車がホームに到着するのを見ると、こんな時間にアポ取るんじゃないよなぁ・・・と男はちょっと憂鬱になった。ドアが開く前に、窓ガラスの向こうにかわいらしい女性がこっちを見ていることに気づく。見ていると言うより、顔が窓に押し付けられていたといった方が正確かもしれない。身長があまりないせいか、横からだけでなく上からもつぶされているようだった。その困り果てた表情がなんとも可愛らしく見えたが、これから自分もその中に入ろうとしていることにちょっと気の毒にも思った。俺、臭くないかな。ふと、昼食に何かきついものを食べていないか思い出そうとする。とっさに思い出せないので、両手を口に当ててはぁーっと息を吐く。寒くて、臭いはよく分からなかった。

ドアは開き、男は背中を押す駅員に身を任せて電車に乗った。熱気。こんなときはそんな可哀想な女性に「すいません」とか、「大丈夫ですか」とか声をかけたくなるものだが、それはその子にとって何の気休めにもならないと思ってしまう。ちょっとうつむくと、その子の頭の上が目の前にある。綺麗に整っていたであろう髪の毛からいい匂いがする。こんな時間まで、いい匂いが続くものだと男は不思議に思った。

アナウンスが流れる。熱海行き。

何度妄想したことだろうか。そのまま川崎を通り過ぎ、熱海に直行して一泊してしまう。この子も誘おう。「すいません」でも「大丈夫ですか」でもなく、「このまま一緒に熱海に行きませんか」。悪いことなんかしないし、夕飯を食べて、別々の部屋で泊まって、次の日はちょっと散歩でもして、東京に帰ってきて、一度も名を聞かずにさわやかに別れるのだ。ずいぶんキザな妄想だこと、男はちょっと鼻で笑ってしまう。

電車はその男の下心の「無さ」を信じない。
川崎駅にたどり着くと男の身体ごと勢いよく吐き出す。
その子も押し出されたようだが、落ち着いてまた電車に乗ってしまう。
悲劇の別れ、である。

改札への階段を上る男は笑顔だった。

取引先の応接室の席に腰をかけながら言う。

「そのまま熱海まで乗ってしまえ、って思ったことありませんか?」

1.25.2007

思い出ばなし

僕は学生時代に、レストランのアルバイトをしていた。当時は親とすこぶる仲が悪かった。仕送りを断って、はじめたのがきっかけだった。今からでも自立しちゃうもんね、という愚かな考えだった。なぜ愚かだったかというと、「ガクヒ」という自分には得体の知れない巨額を払ってもらいながら、生活費だけ自分で稼いで「自立ごっこ」をしていたことになる。普通にやりゃあいいことだが、その時の、僕の親に対する態度は一言で最悪だったし、ひどく傷つけたこともあったと思う。悔いがあるとすれば、その時もっと上手くやれたんじゃないかな、というモヤモヤである。その経験から、何か学べたと思っていたい。

前置きが長くなった。

その仕事はなにも特別なものでなく、ウェイターとバーテンを交互にやるような内容だった。「シーブリーズ」とか、「テキーラの朝焼け」とか、わけの分からないカクテルの名前もたくさん覚えたし、大皿をいっぺんに十枚下げるというくだらない技も身につけた。とにかく給料は安かった。僕がもう少し要領の良い子だったなら、「割に合わない」ということに気づきもう少し夢とか勉強とか彼女とかにでも力を入れるべきだったと思うが、その時は「オイラ働いちゃってるもんね」という実感、思い返せば実に単純なモチベーションが、「何の将来の役にたたない」仕事を続ける原因になってたと思う。走りながら、一旦立ち止まって物事を考え直すことが面倒くさかった。気がつけば卒業間際で就職のつてもなく、僕の全財産は2,000円だった。その話はまた、いつか。

印象に残っているのは、そのレストランの厨房で働いていた不法滞在のエルサルバドル人のじいさんと、同様におそらく不法滞在をしていたメキシコ人の兄ちゃんである。一言でいえばどうしようもないやつらだった。祖国に仕送りでもするつもりだったのであろうが、稼いだ金は酒に。酔っ払ったまま出勤する日もしょっちゅうで、店長によくどなられていた。ただ、二人ともどことなく明るい性格で立ち直りは早かった。じいさんの方の笑顔をよく覚えている。ニッと笑うと金歯と銀歯と虫歯がずらずらーっと。酒臭い、きったないトウモロコシが笑っているようだった。

スペイン語(だと思う)をちょっと覚えた。

「ブエノ」 = 「良い」

「ノー・ブエノ」 = 「悪い」

「カリエンテ」 = 「熱い」

「ノー・カリエンテ」 = 「熱くない」

「アキ」 = 「これ」

「アヤ」 = 「あれ」

「プート」 = 「?」(汚い言葉、おま○こと思われる)

これだけの言葉にジェスチャーとか声の強弱をちょっと加えれば、なんとかなってしまうものだった。笑いをとりたいときは、真顔で手招きをし、近づいてきた彼らの耳に「プート」とそっと、ささやく。百発百中で、大爆笑だった。

よくわかんないけど、すごく楽しい日々だった。

1.23.2007

一杯の水割り

若い男はバーカウンターで、もう30分も、同じ水割りとにらめっこをしている。

暗い照明に小洒落た店内、静かに流れる落ち着いたBGMには不似合いとしか言いようがないフリースのトレーナーと、右方ひざにぽっかり穴の空いたジーンズを履いている。周りの客はスーツ姿の男ばかり、そしてその殆どは若い女を連れてきているか、待ち合わせをしているよう。一人なんかじゃないぞ、皆がそんな空気が漂よわせている。ただ、その男だけは自分が注文した水割りにしか相手をしてもらっていないことが明らかであったし、そのグラスから男も目を離さない。グラスには半分くらい、酒が残ったまま一向に飲み干す気配がない。氷も溶けはじめ、グラスの中身はなんとも汚らしい薄い黄色に変わっていた。紙製のコースターもグラスの汗を吸い込んでカウンターにへばりついている。

綺麗な金色のベストを着た、年老いたマスターは布巾を手にとって、タンブラーを磨き始める。片目で男の様子をチラチラ見ていたが、声を掛けることにした。

「お客さん、ここは初めてなのかな。」

「ああ、うん。」

男のことを気の毒に感じたのかもしれない。何かひどく悩んでいるのか。変わった客が飲みに来るのは珍しくないが、店の中で何か、やらかされてはたまったものではない。男は会話を渋るかと思いきや、意外にもペラペラしゃべる。いい雰囲気の店だったのでふらっと入ったのはいいが、この街に引っ越してきてから間もなく、友達がいない。悩みといえば、話し相手がいないのに悩んでいたそうで、もうそろそろ気まずくなってきたので帰ろうと思っていたところだという。

マスターは笑った。

「そんなことなら、もっと早く声かけてくれればいいのに。あいにく、この店は友達を探すようなところではないけどね。お客さんのこと、気に入ったよ。もうすぐ閉店だし、後でどこかで軽く一杯どうかね。」

若い男は喜んだ。

二人はビールで乾杯した。マスターは言う。

「ごらんのとおり、この街は見栄っ張りが多い。友達は気をつけて選ぶんだな。」

「はい、それがよさそうですね。でも、マスター」

「ん?」

「マスターはなんで私に良くしてくれるんです?」

「ううん、どうだろうな。君が悪いやつじゃなさそうだった、からかな。」

男は笑う。

「モテそうにもないからでしょう?」

「それもだな。おいおい、私にあまりひどいことを言わせないでくれよ。」

「いや、でも本当に。僕は、あなたが気のよさそうなおじさんだったから。」

「うーん。君には、何も期待しなくてもよさそう・・・だったからかな。」

1.16.2007

枕元のささやき

豆電球はオレンジ色の灯りを寝室に照らしていた。

私はベッドの右側で、女は左側。

私は子供のころから右に向いて寝る癖がある。女は仰向けだ。背中を向けていることになるが、仲が悪いとかそういうのではない。寝返りをうったりもするが、最終的には右向きでないと寝付かない。それだけのことだ。こういう状態のときは、右の耳は枕にうずまっているので、左の耳でしか音を察知することができない。

「ねぇ」

「ん」

「今、何か聞こえた?」

「ん・・・ん」

「ちゃんと聞いてよ。ねぇってば。もう。」

「何の音」

「ね・・・戸締り・・・」

女の声は次第に小さくなっていき、方耳だけでは聞き取れないくらいになっていた。私は寝返りをうつと、女は既にこっちを向いていた。鼻の先が触れるほど顔が至近距離にあり、なにしろ目も大きく広げているので驚いた。女は怯えた表情だった。泥棒でも入ったかと思った。

睡魔とは不思議なもので、おかしな理屈が頭を駆け巡る。もってけ。私は寝る。どうせ、ドタバタ音をたててないもんだから、寝ていることを想定しているのであろう。起き上がって泥棒に立ち向かったところで、ろくなことはない。泥棒も驚いて何をするか分からないし、こっちも自分の持ち物がもっていかれるのと怪我を負うことをくらべれば、やっぱり我が身が大事だ。物欲はいかん、物欲は。

女の怯えはやがて苛立ちになる。

「あんた馬鹿?なんとかしなさいよ。」

声のボリュームがいつの間に普通のしゃべり声に戻っている。

「外に聞こえるって。」

「あなたの家なのになんで侵入者に気使わなきゃならないのよ。」

といわれ、私は近くに置いてあったクイックルワイパーを片手に玄関に向かった。

1.11.2007

業務連絡:ライブとCD

来週の土曜日にライブをやります。出演時間が決まりましたので、告知いたします。新曲も少しずつ織り込んで行きたいと思っていますので、よければ是非いらしてください。きっと楽しい。きっと。

1月20日(土)
LIVE labo YOYOGI
http://www.yoyogi-labo.com/

「sweet speeder」
出演:ララァ・スン/August Report/blanket/CHANGES/R-vision
開場/開演:17:00/17:30(私は二番手なので18:00に始めます)
予約/当日:1,800円/2,300円

メール(hinamike@khaki.plala.or.jp)でお名前と人数を教えてもらえれば、予約のリストに加えさせていただきますのでお気軽にどうぞ。キャンセル料はありませんので安心です。

あと、2枚目のCDを配り始めます。是非、聴いて見てください。ご希望の方はメールでお名前と住所を送っていただければ、無料で一枚お届けします。個人情報については当然ながら慎重に取り扱わさせていただきます。会場にも幾つか持参するようにしますので、お気軽に声をかけてくださいね。



the hinsi etude by cayske hinami
"dear whore that is not blowing i daresay you're doing quite the opposite"

1. dead countach
2. an ugly cuckoo
3. ceilings
4. danny boy (traditional)

1.08.2007

パンツと地震と

不運なことは起きるもので。

男の一家は木造アパートの一室で暮らしていた。

地震が起きたのは日曜日の夜のことで、男はその時間は風呂につかっていた。人に言わせれば大した地震じゃなかったかもしれないが、ボロボロな木造アパートの急所にトドメをさすには十分な威力だった。

ただ、建物が崩壊したというのに、幸いなことにも誰も大きなケガをしなかった。ヨメと祖母と息子と娘はそろって速やかにアパートから離れることができたのだった。その男はというと、何を血迷ったンだか湯船から出ることができず、アゴまでつかってポツリと地震が終わるのを待ってたそうで。気づけば周りの壁がどんどん崩れてゆくは、終いには風呂から夜空を眺めていたそうで。

お湯というのは冬の夜風にあたると驚くほど早く冷めてしまうもので、家族は裸の男を暖めてやるのに一苦労したそうな。そして、市役所から洋服一式借りるときは貸すほうも借りるほうも誰もが赤面したそうで。

1.06.2007

この身全てをくれてやる

村には二人の音楽家がいた。

カポテという男はラッパの達人で、その向かい側に住むリモネはセロ引きの名人だった。ところが、この二人、同じ音楽家だというのに大層仲が悪かった。人目を気にせずに大声でもめるのは日常茶飯事で、ひどい日には互いに家に引きこもりそれぞれの楽器を目いっぱいうるさく鳴らし、そのような力くらべをしては近所の人たちを困らせた。

ある日、カポテとリモネはどっちの方が優れた音楽家かという言い合いをしていた。カポテは自分のラッパを聴いて踊らずにいられる者はいないと言い、リモネはそれに対して自分のセロを聴いて泣かずにいられる者はいないと主張した。ただ、それだけではどちらが優れた音楽家かを証明することはできず、二人は珍しくそろって頭をかしげていた。

カポテが提案した。二人でやりあってもキリがない。
あそこの、コジキに決めさせようではないか。

カポテがコジキのためにラッパを吹いた。
コジキはよろこんで、踊った。

「こんなに嬉しくなったのは十年ぶりじゃ。」

次はリモネがセロをひいた。
先ほど踊っていたコジキがへたりと座り込んで涙を流した。

「こんなに悲しくなったのは十年ぶりじゃ。」

カポテが言う。やい、コジキ。
どっちが優れた音楽家だ?

「おヌシ等で決めてくれ。それより、ほれ、この老いぼれが最後の金貨をお前達にくれてやる。」