6.29.2006

99、100、101

事実確認からしていきたいと思う。

その日の午前8:08発。通勤電車は8:36に脱線事故をおこしてしまい、ちょうど100人の乗客が命を落とすという大惨事だった。

男はいつも7:00に目を覚ますが、その日は15分寝坊していた。急いで支度をすれば8:08の電車に十分間に合うはずだったが、ムシャクシャしていたので隣で寝ている彼女をたたき起こして、気がすむまで八つ当たりをしてから出かけることにした。ホームにたどり着いたころには周囲は既にパニックに陥っていた。危機一髪で命拾いしたことを知り、男はヒザをガクガクさせながら帰宅した。

同じ街に住む別の男。いつもは7:30に目を覚ますが、なぜだか10分早起きしてしまった。不思議だと思いながらも、普段どおり支度をして家を出た。まっすぐ駅に向かえば7:51の電車に乗れるはずだったが、気の毒なことに途中で捨て猫の入ったダンボールを見かけた。7分の間、子猫と遊んだことが致命的で、男は8:08発の犠牲者の一人となった。

同じ街に住むそのまた別の男は、いつもどおりに8:08の電車に乗り、そのまま帰らぬ人となった。

6.26.2006

寝返りパトロール

蒸し暑い。

私は横を向いて寝る。
仰向けだと、何かが落ちてくるときは恐いし、
うつ伏せだと、何かの時に窒息してしまう恐れがある。
消去法で、私は横を向いて寝ることになった。
右を向いて寝る。

ベッドの右端なので、壁に向かって寝ている。妻には背を向けて寝る。何か怒ってるの?と聞かれたことがあって、あぁ、そういう捉え方もあるのね、と思ったこともあった。全然悪意はないんだけど、右じゃないと眠れないわけだ。

寝返りを打つ。決まって右方向に寝返りを打つ。私がコマの軸となり、タオルケットを巻き上げながら寝返りを打つ。当然、途中で壁にぶつかる。不思議な体勢になっている。自由に動かせる左腕がマットレスの角にあたっていて、そこだけが涼しい。妻がうなり、バサバサ音がする。そして気づけば、さっきは蒸し暑かったのに、今は寒い。タオルケットを取り上げられたに違いない。

変な夢を見る。右に寝返りを打っても、何度打っても、壁にぶつからない。タオルケットも、いくら回っても体に巻きつかない。次から次へと、果てしなく広いシーツを開拓してゆく。寝返りを打つ度に、新鮮な、涼しいシーツにめぐり合う。

6.25.2006

ジンクス

雨の日がしばらく続いていた。
土曜日も雨だった。日曜日も。
若い男と、3ヶ月くらい付き合っていた女。
退屈していた。

二人は近くにビデオ屋に出かけた。男は、キングコングのパッケージを手に取り、これにしようかと提案した。女はあまり乗り気でない様子。

「だって、キングコングって最後は死んじゃうんでしょ?あたし、ハッピーエンドがいいわ。」

男は笑いながら、そんなもんじゃないだろう、という。誰もがキングコングのエンディングは知ってるけど、映画ってそれだけじゃないよ。特撮とか、ストーリーとか、キャラクターとか、スリルとか、いろいろあるから面白いんじゃない?だから、エンディングが有名でもこの映画を借りてる人がいるわけでさ。

「でも、あたしは悲しいエンディングの映画はイヤなの。あたしはアメリカ映画が好きだわ。」

思ったより本気で抵抗していたので、男はキングコングを諦め、結局二人は映画を決められずに帰ってしまった。男は考えれば考えるほど納得いかず、再び彼女に尋ねる。人生って悲しいのも嬉しいのも両方あるじゃん。

「なんで、わざわざお金を払ってまで悲しくならなきゃならないの?」

キレイな話かもしれないじゃない。

・・・

僕ら自身、ハッピーエンドになると思う?

「そう思ってるから付き合ってるんじゃない。」

6.16.2006

サブジロウのバランス

岡峰三次郎という男のお話。

岡峰三次郎の外見自体は、そこらの30代の独身サラリーマンとあまり変わらない。いや、良く見ると、少しだけだらしないのかもしれない。アズキ色の背広の肩幅が少し、広すぎる。髪の毛も、やや強引にスタイリングムースで後ろにまとめただけ。ただ、顔立ちはそれなりにはっきりしていて、見る角度によってはなかなかの男前ともいえた。

人目の届かないところで、この男、実は恐ろしく気まぐれである。
優柔不断なのではない。ただ、気まぐれなだけ。

彼自身の記憶にある限り、二日間続けて同じ時間に起床したことがない。気が向けば、起きる。気が付いたらば寝る。食事も、いつ何を食べるかは本人すらまったく予測がついていない。本を読むにしても、平気で同時に五冊も十冊も、途中まで読んだものばかりが家中にほうりっぱなし。

あーいえば、次の日はこーいう。

気まぐれのほかにも、「ぐうたら」だとか、「飽きっぽい」とか、「自己中心」と整理してしまう人もいたかもしれない。でも、それらの表現には他人の評価という意味合いが含まれている。本人にしてみれば、ぐうたらでも、飽きっぽくも、自己中心でもなかった。いい加減でありながらも人に恨まれるようなことはなかった。悪意のない、純粋な気まぐれだった。

人を相手にしたり、時間に追われるような仕事には定着できず、ガチャガチャの玩具をカプセルに詰める内職を中心に、食いつないでいた。

ある日(その日は午前9時に起きた)、腹をすかせた三次郎はスーパーに行った。レジの娘に恋をしてしまった。ショートカットになって間もない時代の酒井法子に古ぼけた水色のエプロンを無理やり着せたような娘。会計を済ませると、ニッコリ笑ってお辞儀をし、「ありがとうございます、またご利用ください」という。誰もが言われる他愛ない挨拶だが、三次郎は大いに勘違いをした。

端的に言ってしまえば、ストーカーとなった。娘の勤務日を徹底的にしらべるために、それから1週間は毎朝9時に起きた。ストーカーといえども彼女に声をかけることは全くできず、結局彼女からヨーグルトを買う行為だけにとどまった。彼女は目を合わせるたびに、「ありがとうございます、またご利用ください」という。月曜日、火曜日、木曜日の週三回は朝9時に起きた。これがしばらく続いた。

岡峰三次郎にとって、この習慣がたまらなく新鮮だった。期待されてたから、再び行く。ヨーグルトを買う。ヨーグルトを持って帰って、食す。9時に起きる。ゼロから始めたジグソーパズルのようで、二つの欠片が初めて合うようになったところから、生活の変化は加速していった。食事は一日三度食べるようになった。アルバイトを始めた。小説は終わりまで飽きないようになった。いろいろ、変わった。

彼女はある日、突然スーパーのレジから姿を消した。岡峰三次郎はすっかり落ち込んでしまい、アルバイトも辞め、以前の生活に戻った。ただ、その後はというと、いつまでも月・火・木だけは9時に目がさめるようになってしまったそうです。

6.14.2006

キャッチボール

キャッチボールがしたい。

音楽のキャッチボールもそうだけど、普通のボールとグローブでやるやつが無性にやりたい。できれば、昼間から日が暮れるまで黙々とやりたい。そして、ホコリだらけになって、夕日を背に家に帰って、風呂入って、飯食ってちびまるこちゃんでも見て、タバコ吸って屁こいてグーグー寝むりたい。そんな一日を過ごしてみたい。今日はなにして過ごしたかって、そりゃ、キャッチボールしたさ。そんな一日もいい。

言っておくが、子供のころから抜群のノーコンである。十発中ひとつでも相手のグローブにダイレクトに入ればそこそこ調子がいい。相手に迷惑をかける代わりというか、一方で、ボールを受け取るのは割と得意な方かと自負している。大体のモノは多少変な方向に飛んでも取れる、と思う。そんなわけで、小学生のころは捕手をやっていた。小学生の走者というのは、盗塁とかめったにしないわけだから、捕手にさほど「投げる」能力は期待されていなかった、というか、必要がなかった。ようは、ピッチャーにボールを返せばいいだけであって。ピッチャーはいい迷惑だったと思うが。

うちにもどこかにキャッチャーのミットが眠ってるはず。スパーンって音が気持ちいい。近くに手ごろな原っぱでも土手でもないだろうか。近くに、未だ野球グローブを大事にしている熱いヤツはいないであろうか。

6.09.2006

ジョーカー

昨日のライブでは、初めて経験したことがありました。

1曲目をはじめてから、普段なら客席が自然に静まってくれるのですが、昨夜はなかなかそうなりませんでした。部屋の後ろの方で何人か結構大声で騒いでて、ステージの近くで聴いてるお客さんが振り向くくらいでした。静かな曲をやっていたので、その騒音はかなり目立っていました。単純に腹が立ったので、ギターを弾きながら多分ステージから言ってはいけないようなことを言ってしまいました。黙っててくれないかな、って。実際発した言葉はそれより乱暴なものでしたが。

連中からはボソボソ、「なんだよ、コイツ」みたいのが聞こえましたが、残りの曲では比較的おとなしくしていました。演奏もなんなりと進みましたが、やっぱり後味が悪かった。ライブ後も、そのお客を誘ったタイバンの人から頭を下げられて、なおさら気まずかった。タイバンの人のせいでもないわけで。そして、究極的にはそのお客だって悪いことをしたわけじゃない。客は好きにしていいはずであって。でも、本音はね、別に聴いてくれてなくてもいいから、邪魔だけはしないでおくれ、だったんです。もちろん、よそのお客さんも普通に聴いてくれることに、越したことはもちろんないのだけど。

もしかして、そういうことをダイレクトに言うべきでなかったのかもしれない。少なくとも、もう少しスマートに処理できたはずだ。本来ライブハウスのあるべき姿っつうのは、多分客ありきで、黙らせたいもんだったら連中が気持ちよく黙れる状況をつくってあげるべきで。一発ギャグでもなんでもよかったはず。

今までやってきたライブではその面、逆に、すんごくお客にめぐまれていたのかもしれない。演奏が始まったら、聴いてる人も聴いてない人も静まるという、僕からすればとてもありがたい習慣。腹が立ったのは確かなんだけど、それと同時に、今まで恵まれた環境に甘んじてた自分の力のなさを痛感したわけで。久しぶりのライブだったのもあって、それだけは少し悔しい結果となりました。

6.07.2006

罪の街、僕の

私の親は、暑苦しくキリスチャンである。そんな事情もあって、小さいころは毎週日曜日、教会につれて行かされた。そこでの話の内容は正直、よく分からなかった。今もよく分からないから、今は行ってない。別に誰かを否定したいわけじゃない。話が少しそれました。少し。

その教会は池袋にありました。当時は(今はどうなんでしょうね)あまり治安がよろしくなかったんです。日曜日の朝っぱらから、恐そうなお兄ちゃんや、お洋服がキラキラしたお姉ちゃんがウロウロしていたのを良く覚えています。ウロウロしてたり、キョロキョロしてたり、ソワソワしてたり。そんなある日曜日、私は、一人ウロウロお姉ちゃんを指差し、親に聞きました、あのお姉ちゃんは何してるの?私は、キラキラお姉さんに興味があった。母は視線をそらさず、私の手をギュッと握って、一気に早歩きになった。

何でもないの、早く行くわよ。

いま思い返しても、なかなか冷たい表現。何でもない、だって。非人間。理由は理解できなくはないですが。でも、「何でもない」ってね。え、なんで何でもないの、悪い人なの、なんで悪いことしてるのと繰り返し聞いたが、ちびっ子のモラルなんぞ簡単に押しつぶされるのが当然で、私は二度とその質問は口にしなかった。

今は、錦糸町の近くに住んでいます。悪いところではないんですが、私の記憶に残ってる限り、池袋のように治安は悪いです。今日はとっくに午前零時を回っていたので、駅からタクシーに乗って帰ることにしました。タクシー乗り場に向かって歩き始めると、キラキラお姉さんが話しかけてきました。ヘッドフォンをしていたので、そのまま無視して歩き続けたのですが、あまりにもしつこく付いて来るもので、私は等々立ち止まって、ヘッドフォンをはずして、「マッサージは結構です。家に帰るんです」と彼女に言った。

キラキラお姉さんはシワをよせた。あたしを覚えてないのね。
あなたは、あの時のボウヤね。
びっくりする前に、何なんだろうこの人は、と思った。
ボウヤは昔、池袋に良くいたわよね?日曜日とか。

あなたは全然歳をとらないんですね。
あらそうかしら。
だって、当時は私幼稚園児ですよ?
あらそうだったかしら。
え、でも20年くらい前ですよね?
街の一部なんだから、あたしはそう簡単には消えないのよ。

ただものではなかった、と、母に伝えたい。

6.04.2006

便りのないのは良い便り

今朝の地下鉄の車両の中には、広告がひとつもなかった。
網棚の上にならぶところも、ドア窓のところも、吊り下げのやつも。
ところどころ、「痴漢は犯罪です」と書かれた地下鉄会社の「公告」だけ。
地下鉄車両の壁は、クリーム色だということに気づかされた。
何かの間違いかと思って、他の車両も見に行ったけど、同じ様子だった。

なんていうんでしょう。視線の置き場所っていうんですか。一瞬、置き場所に困ってしまったんですね。街を歩けば、目をつぶらない限り何かしら広告のメッセージがズビズバ目を通じて脳を刺激してるわけですが、いざ広告がまったくない空間に入ったときの、違和感?あれ、だれも話し掛けてこないのね、今日は。携帯電話のメールアドレスを変えたとき、迷惑メールもピタっととまる、沈黙。まぁ、いいんですが。

ギター氏から面白そうなCD借りたし、微妙だけど外は晴れてるし、今週はライブだし(広告、です是非来てください)、ギターの弦は張り替えたし。良しとしましょうか。

有限ヒナミがお届けしました。