12.30.2006

無重力のひと時を求めて

「あなたの選んだカードはこれですね。」

マジシャンは落ち着いた口調で、ハートの2のカードを客に見せてみせた。

「わぁーすごーい。」

「・・・むなしい。」

マジシャンはぼそっとその言葉を漏らした。

「お客さま、こういうのはもう飽きてきたのではないでしょうか。騙されてばっかりで、腹が立ちませんか?」

「うーん、そう改めて言われれば考えてしまうんだけど・・・。別に。」

「どうです、私と賭けをしませんか。」

「どういう賭けです?」

「好きなカードを私に教えてください。」

「それじゃあ、スペードの7。」

「私はこれから目隠しをします。そして、カードを束ごと真上に投げます。振ってきたカードの中からあなたが選んだスペードの7をキャッチして見せましょう。私が成功すれば、勝ち。スペードの7以外のカードをキャッチしたり、一枚もキャッチできなかったり二枚以上のカードをキャッチしても私の負けです。」

「僕が勝ったら?」

「あなたが勝ったら、私が今夜行ったマジックのタネを全てあなたに教えて差し上げましょう。私のタネを知ったからには、間違いなくあなたは今後モテモテになるに違いません。その代わり、私が勝った場合は・・・お金でもいただいておきましょうか。10万円。」

「詐欺だな。絶対に僕が不利ではないか。」

「それは違います。なにしろ、私はこのマジックはやったことがありませんから。今申し上げたのはこの場で思いついたものです。ということで、タネがないのです。」

「本当か?」

「本当です。さぁどうなさる。」

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今年のfelling the titanもこれでおしまいです。

読んだりコメントを残して下さった方々、今年出合った方々、ライブを見に来てくれた方々、本当にありがとうございました。来年も頑張りますのでよろしくお願いします。

寒い日が続きますが、くれぐれもお身体に気をつけて下さい。
そして、ステキなお年を迎えられますようお祈りしています。

ヒナミケイスケ

12.29.2006

デクレッシェンド

久しぶりに、近所の洋食屋に行きました。

もう顔も忘れられてるのかと思いきや夫婦そろって、あらお久しぶり、と迎えてくれて、少し嬉しかったです。ハンバーグ定食の味は変わらず美味しく、会話のネタもいつもと変わらず、時が止まったような。そして、行くたびに聞かれる「キミはお酒は飲まないんだったっけ」と。子供の年齢や、僕の職業とかはきっちり覚えてくれてるクセに、酒が飲めないということだけは覚えてもらえていない。主人はそれだけを覚えたくないのかも知れない。

「水割りでいいかな?お歳暮だ。」

いえ、ダメです。と言えず30分くらい時間をかけてウイスキーを飲む。つまみで出されるポッキーが格別に美味い。店をでると、身体が火照り始める。酒の影響だけとは思えない気持ちの良い火照り。

去年と同じ。

深夜テレビの小田和正の年末ライブ。
番組表で一度も調べたことがないのに三年続けて見ている。
とてもステキだ。

ベタではあるが、いつまでも変わらないで欲しいものがある。

12.28.2006

鶴にのせた希望

少年は純粋だった。

小学三年生の頃だった。ついこないだ外国に引っ越してしまった、幼馴染のまさおくんが病気にかかったと聞いた。両親が話しているのを盗み聞きしてしまっていた。

「あなた、お隣のまさおくんって子いたじゃない。ほら、てっちゃんとよく遊んでた子。外国に引っ越してからちょっと悪い病気になったそうよ。」

「気の毒だな。」

「うん・・・。てっちゃんにどう言おうかしら。」

「何も気の利いたことできないからなぁ・・・。教えるだけ可愛そうかもな。」

少年は盗み聞きしながらもポロポロ涙が出てしまい、ヒックヒック泣いてるとすぐさま起きてることが両親にバレてしまった。どんな病気なのか、ぜんぜん分からなかったが両親が言ってたとおり、自分が無力であることに悲しんだ。

「てっちゃん、千羽鶴って知ってる?ママが教えてあげようか。」

母親に折り紙の鶴の折り方を習い、少年は千羽鶴を折ることにした。母親が言うのだから、それが自分ができる精一杯のことだと分かっていた。新聞紙や画用紙、ガムの銀紙を引き出しにため込んでは夜な夜な鶴を折り続けた。一ヶ月で、207羽の鶴ができた。小学生にしては驚異的な集中力だった。家のあちこちに鶴がちらかってるものだから、母親は出来上がった鶴を集めて大事にビニール袋にしまった。

奇跡というものは起きるもので、幼馴染が病気から無事回復しそうという知らせがあった。

「てっちゃん、よかったわねぇ。きっと、てっちゃんの願いも神様に伝わったのよ。でも、この鶴どうしましょうね。もう385羽もあるわ・・・。」

「これだけでもまさおくんに送ってあげればいいじゃないか。きっと、よろこぶよ。」

「ダメだよ。まさおくんがまた病気になっちゃう。」

12.26.2006

七面鳥と仲間たち

クリスマスだぁ・・・と思い、それは大いに結構なことなんだがヨメへのプレゼントを準備していないことに気づきいささかあせる。結果、イブは無い料理の腕をふるうことになる。メインの七面鳥だけは取り寄せだが、それ以外は作るという何とも中途半端な始末だが誠意だけでも伝わればなぁと願うばかり。幸いなことにメリカンな料理は比較的単純であり、ある程度のことは勢いで賄えてしまえることに希望を見出す。

タマネギとセロリとリンゴを細かく刻んだものをバターでソテーし、スパイスでまぶしたクルトンのようなパンを加え、鳥のブイヨンをうりゃあと足してぐりぐり煮る。おんどりゃあとオーブンでとどめをさし、焦げ目をつける。部屋中に外国の匂いが広がる。とりゃあとジャガイモを茹で、これでもかぁと牛乳とバターとともに砕き、即席のマッシュポテトでフィニッシュを飾る。料理人をこれを持ってノックアウト。全てが出来上がった直後に頭痛が発生し、どうやらこの手のプレッシャーには弱いことに気づく。

ただ、夕飯は無事に済ますことができ、形だけでも成功だったと思いたい。ケーキを食した後はダウンしてしまい、ヨメに残骸のサランラッピングと皿洗いを託してしまう。おいしかったと言ってもらえたので亭主は大いにまんぞくである。

そんな、ステキなクリスマス・イブを過ごした。

12.22.2006

銀色のメトロライナー

男はあせっていた。足早に階段を駆け上がろうとするが、急げば急ぐほどロングコートが脚に絡んでしまう。汗びっしょりになってのぼり終えると、広大なターミナル駅の改札ロビーが視野を埋め尽くす。大勢の足音や駅内のアナウンス、子供の泣き声といった、無数の雑音がまざりあって、タイミングを図ったかのようにいっせいに聴覚に襲い掛かる。壊れたラジオのボリュームをめいっぱい上げて、両耳にあてたようだった。

まずは左から右へと、自分の向かうべきホームを探して辺りを見渡す。人ごみの向こうにある、13番ホームに大きなメトロライナーの先頭車両が見える。筋肉質のカーブを見せびらかすような銀メッキ。するどいノーズに、小さな運転席の窓は鋭い目のよう。冷たく、挑発的な表情だ。乗る者、置いていかれる人を選別するかのように。

ホームの電光掲示板を見ると、出発まで間もない。男はデパートの紙袋のとってをぎゅっと握って、全速で人ごみに突っ込んでいった。そう上手くホームまでの一直線を走れるわけがない。半分の距離を走るだけで、一人の老人を突き倒し、一組の恋人のキスを邪魔し、二人のサラリーマンと一人のチンピラに罵声をくらい、一人の駅員に叱られ、一人の迷子の子供の泣き声を無視しなければならなかった。

一歩近づくたびに、あの銀色のメトロライナーへの愛しさが増す。

12.19.2006

オオカミの餌

インディアンのハンターは息子に言った。
日が暮れるから、そろそろ村に帰るぞ。

でも父さん、今日は一つも獲物を獲れていないよ。僕のワナにこのウサギがはまっていたけど、これだけではみんなのお腹をいっぱいにすることはできない。日が暮れたら、年老いたシカか、イノシシが油断して出てくるかもしれないよ。

ないものを願っていても仕方がない。母さんたちが待っている。今日の収穫はこのウサギだけだということを受け入れよう。村に戻ったら、母さんとおババがトウモロコシのかゆを作ってくれる。前にとったシカ肉を保存したのも十分残っているだろう。今日大物が獲れようと獲れまい、明日の狩は今日と同じ、どのみち精一杯がんばるだろう?一日だけ、肉を食べてなかったからといって、我々の身体だってそんなにヤワではない。一日の成功や失敗、出来事の一つ一つとは、そんなに気にすることではないんだ。

お前は、この一日だけのために生きてるわけじゃないだろう?

でも父さん、もう時期真冬だし、日に日に寒くなっていく。
獲物もどんどん減る一方だと思うよ。蓄えないと。

大分、狩の知恵も身につけたようだな。うれしく思う。
ただ、まだまだ知恵に踊らされているだけだ。

今、何が一番大事か、とらえろ。

さっさとついてこないと、お前を置いていきオオカミの餌にしてやるぞ。

12.18.2006

一括払い

「新しいクレジットカードはいかがですか」

若い女性の声が問う。

クレジットカードの勧誘だと知った私は電話を切ろうとしたが、一応ちゃんと断ることにした。結構。いえいえ、お話だけでも。そうかい。

「当社が考案した、まったく新しいクレジットカードです。利用限度額は100億円、そして支払い期限は、あなたがお亡くなりになった時の一度のみです。支払い期限が到来した際には、あなたの銀行口座から自動的に引き落としいたします。万が一、その時の持ち合わせが足りない場合には、ご家族の方に残りの請求額とカードの所有権が引き継がれます。もちろん、前倒しでご清算いただく分にはかまいません。年会費は無料です。利息も0.01%で、かなり好評なのですが・・・。」

「俺が死んでから家族から無理やり取り立てようという仕組みだな。お前たちは新手の悪徳商売に違いない。バックは誰だ。闇キンか?」

「お客様・・・」

「気安くお客様呼ばわりするんじゃないよ。」

「いえ、お客様、それは断じて違います。確かにご家族の方にも請求はいたしますが、あなたと同様の条件で、新しくカードを持たれた方がお亡くなりになられてからです。」

「・・・」

「・・・」

「本当なのか?」

「本当です・・・」

私はそのカードに入会することにした。1週間後に届いたが、見栄えはどこにでもありそうな、ビザカード。不安にさせる。本当にこれで10億円も使えるのか・・・。私は試しにデパートで革靴を買ってみた。1ヵ月後に明細書が送られてくる。今月のご利用金額、5万円・・・今月のお支払い金額は・・・0円。期限・・・∞。どうやら、本当のようだ。これはいい。

私は土地と家を買い、家族にも欲しいものを何でも買い与えた。そして、内緒で会社を辞め、ギャンブルと旅行と女三昧の日々を過ごした。30年近く、その秘密を守り続けた。誰も、私のことを疑うこともなく。誰も。

私はもう若くない。

最近、久しぶりに事業を始めた。
まじめに働いたのは、実に30年ぶりだ。
滑り出しこそ地味だが、まずまずの実績だ。

支払い期限に間に合うといいんだが。

12.14.2006

「悲しい本」の紹介



悲しい本
マイケル・ローゼン(著)
クェンティン・ブレイク(イラスト)
谷川 俊太郎(翻訳)

人様にコレ買えアレ買えと胸を張って進められるような身分ではありませんが、一冊とてもステキな絵本に出会いました。大抵の本屋さんにはおいてあるようなので、お立ち寄りの際、記憶に残っていればふらっと立ち読みしてみてはいかがでしょうか。お気に入りのようでしたら、お持ち帰りください。

半年前だったかな。私は仕事帰りにたまに寄ってく本屋さんがあるのですが、ここの絵本コーナーは私にとって秘密の隠れ場のようなものです。活字は嫌いじゃないけど、絵本は特別に好きです。頭弱いのかもw。

大事なものを失った人の話ですが、ストーリーはありません。ただ、その後どのように過ごしているか、それだけ。その様子と、本人の想い。ボクにとってはすごく流れるように綺麗な言葉で、不器用な場面がありながらも、説明しがたい貫禄を感じさせる作品でした。

12.13.2006

代々木ガード下の石井

私は道端の石ころ。

最近、集中力が途切れ途切れで困っている。なにしろ集中力がないもので、記憶力も危うい。正確でないかもしれないが、5分毎に違うことに頭が移っている気がする。ちょっと最近胸騒ぎがするのだコロよ。

石ころゴトキに、集中力も記憶力も胸騒ぎもクソもなかろう、と思っているだろう。だが、その考えは間違っている。石ころの考え事は実に多岐にわたるのだコロ。イラク情勢、いつも通り過ぎる娘っ子のパンティーの色が週一回黒だということや、次の大地震の時期の問題や、モーツァルトの遺体の行方、今日はそんなところ。あなたはどんなことを今日考えたか?フフンだコロ。

あと、昨日、私を蹴飛ばしたあの中学生。
いつか痛い目にあわせるのだコロ。

12.10.2006

深読みランド

今日は怪奇現象に会いました。

一人でスタジオで練習していたら、

防音ドアのあの思いハンドルがガチャっと

ひとりでに上がって、

誰かが押したかのように

ドアが数センチ開きました。

とても、怖かったです。

それでも最後まで練習し続けた自分を

褒めてやりたいと思います。

深読みをしないように

努力しているところです。

もうそろそろ

複数人でスタジオに入りたいという気持ちを

後押しさせる出来事でした。

竜宮城の乙姫は浦島太郎に、

なぜ敢えて玉手箱という「選択肢」を与えたのでしょうか。

「浦島太郎」とは下の名前でしょうか、それとも

彼の下の名前は太郎なのでしょうか。

前者であれば、彼の苗字はなんだったんでしょうか。

12.07.2006

時が止まるとき

私は、都内の保険会社に勤めるサラリーマンだ。

私は通勤や顧客訪問で電車に乗るとき、ドア脇に立つのが好きだ。ここに立っていると、いくら人が出入りしようと、大抵立ち居地を変えなくても済むのである。それだけ他人がその角に割り込むことは難しい。長旅でもずーっとボーっとしていられる場所である。座ると、返って席を譲るゆずるべき人がいないかと気になってしまう。

必ずしも毎回、好みの角を確保できるわけでない。ものの弾みであろうが立ち居地がシルバーシートの正面になることが、割かし多いと思う。

そんなある日、私はある得意先と面談するためにちょっとした郊外に行くことになり、運命は再び私をシルバーシートの正面に立たせた。三人用のシルバーシートには三人の老人がすでに腰を掛けていた。じいさん、じいさん、そのじいさんのばあさん。私はドアに一番近いおじいさんの前だった。

次の駅までの間隔が長い。15分くらいだったか。電車は大きな川を渡ろうとしていた。とても平和な風景だった。周りに建物があまりないから、夕暮れがとてもきれいだ。橋の手前の土手には犬の散歩をする青年、向こう側では子供の手をつなぐ買い物帰りの奥さまが小さく見える。品のいいベッドタウンだ。この橋は何度も渡るが、渡ると時が止まったかのような懐かしさを覚える。

「座るかね。」

突然どこから声を掛けられたと思ったら、正面のじいさんだった。電車はちょうど橋を渡りきったところだった。正直、対応に困った。じいさんはにっこり笑っている。

「いえ、大丈夫です。」

目を合わせないようにした。

「ワシはもう座るのに疲れたんじゃ。座りなされ。」

じいさんは腰を上げようとしたが、思わず私はひざを曲げて両手で「まーまー」のポーズをとってしまう。先の駅まで大分距離がある。じいさんの席をとってしまったらまずいと感じたのだった。

「いいんじゃ、ワシはもう降りるんじゃ。」

だめだ、こいつは完全にボケてやがる。

じいさんが強引に立ち上がるので、私は後ずさりをせざるを得なかった。ちょっとふて腐れたのか、じいさんはドア脇に立つ人のところへ割り込んで両手で手すりをがっちりつかむ。

「どうぞと言っておるのに、座ればいいだろう。」

ポッカリ空いた席を前に、どうも複雑な気持ちだ。車内も空いてるわけでないので、このままでは周りに迷惑だ。仕方がないと思い、座ろうと思った瞬間、右に立つ若い女性が私の右腕をつかむ。あまりにも強くつかむので驚いた。彼女はとても怯えた表情だ。小さな声で私にささやく。

「そこに座ってはだめ。」

シルバーシートに残された老夫婦がもの凄い形相で私をにらんでいたのだった。

12.05.2006

予期せぬ事態

「サンタさんに何をお願いする?」

「サンタさんいらない。」

「なんでなの?おもちゃいらないの?」

「おじいちゃんにおもちゃ買ってもらうの。」

男の子は親を驚かせた。実利的といえば実利的だ。
数日経つと、案の定サンタからのクレームの電話が自宅に来る。

「こまるんだよね。正直いって。」

「ええ、すいません。おじいちゃんが息子に会うのがなにも久しぶりだったものだから、ついついおもちゃを買ってもらっちゃって・・・。」

「それはもういいんだけどさぁ、どうやって責任とってくれるのさ。これじゃ今年はお宅には行けないね。それでもいいの?このナントカレンジャーのおもちゃどうすんのよ。もう作っちゃったし。困るんだよなぁ・・・。」

「いやいや。ちゃんと言い聞かせておきますので。」

「頼むよ。本当にもう。」

電話を切ると、妻と目が合う。最近サンタさん、態度変わったわよね。去年も対応は微妙だったし、今年はヘソ曲げないといいんだけど・・・。でも・・・。サンタさんの付加価値、正直、最近・・・微妙よね。ああ、俺もそう思ってた。あ、しっ、聞こえるんだから静かにしないと。職業病よね。奥さんとうまく行ってないのかしら。

さすがに500年もやってれば、誰だってそうなるわよ。
そうだな。
じいさんもじいさんで、知ってなかったわけないんだけどなぁ・・・。
今後は気をつけてもらわないと。

今年のおフセ、どうしましょうか。
明日、お隣がどうしてるか聞いておくよ。

今年は甘酒でも出しておこうか。
そうね。
そうだな。