12.29.2012

ステージ下にあるもの

泣かせるじゃないか、とトモさんは言う。いつものお世辞なので真面に取り合わないが、とりあえず、いつもありがとうございます、と威勢良く答える。

トモさんは僕らのライブの常連だ。ベビーロケッツを二年前に結成してから、いつからか毎回足を運んでくれるようになった。見た感じ、50代のサラリーマン。本名は誰も知らない。くたびれたスーツ。ワイシャツのボタンがいつも余計にひとつ外れてる。声が、でかい。

そう、ロックは骨太じゃないと意味ないんだよ。最近のは柔すぎて聞けたもんじゃない。鉄ちゃんのギターがもう最高!な、鉄ちゃん。

他のメンバーは正直いうとトモさんのことをあまり良く思っていない。最初のほうは調子を合わせていたが、今はベースのユウジもボーカルのダイスケもドラムのシマダもライブ後は彼を避けるようになった。他に誘った友達や女の子しか相手せず、気づけば出遅れたギターの僕がいつもトモさん担当を押し付けられている始末だ。

僕だってできればトモさん以外の客や女の子と仲良くなりたいが、人見知りなのか最初の一歩が踏み出せない。悔しいが、結果トモさんと話してた方が気楽は気楽なのだ。

そんなベビーロケッツが来月解散することになった。正確に言えば僕以外のメンバーで新しくビジュアル系のバンドとして再結成することになっている。

さっきそのことをトモさんに打ち明けてきたばかりだ。僕はこれからもこの人に聞いてもらいたいと思う。

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今年はこれでお終いです。いつも読んでくださる方、音楽を聞いて下さった方、ありがとうございました。

来年がみなさまにとって良い年となりますよう祈っております。

ヒナミケイスケでした。

12.27.2012

僕の金縛り

最後この感じになったのは4年前だったと思う。久しぶりで歓迎すべき来客でもないが、こいつに限って来るたびに記憶に留めてしまう。

布団に入ってから一時間くらい経ったか、身体は火照って睡眠に近い。意識は一足遅れて半分夢の中だった。目を開いて、閉じる。開いて、閉じる。

灰色、黒。
灰色、黒。
灰色、黒。
黒、黒。
目を開いたつもりなのに光が入って来ない。同時に手足が言うことを聞かないことに気づく。頭の中で10秒数える。11、12、13。それから掛け布団を挟んで、しっかりした重りが左肩にかかる。すーっと布団の空気が抜ける音が聞こえる。
人かもののけか分からないが、現れ方は昔と同じだ。ゆっくり会話をしたいかのようにずっしり居座って退く気配がない。私に乗りかかったまま大事な何かを伝えているつもりなのかもしれない。

12.26.2012

受け継がれるもの

私は市原修二(64)自営業。南阿佐ヶ谷の青梅街道沿いにある古道具屋を持っている。父親から譲り受けた店なので、家業といえば家業だが、ここだけの話、特別な思い入れはない。古道具屋なんて二万円の古物商許可を取れば誰だってできるし、儲けも薄い。ただ、時々、少しは人の役に立っていることだけは知ってもらいたいと思う。

品物は大きいものだとタンス、ちゃぶ台、化粧台などの家具。中くらいはボンボン時計、ミシン、フィルムカメラや楽器、アイロン。小物は箸置き、ピンバッジ、ライターやキセル、腕時計なんかもある。年期の入ったものがほとんどで、中には値打ちの物もあるかも知れないが私にはよく分からない。半分冷やかしで入った若者も、雰囲気のあるボンボン時計を見て驚く時もある。おじさん、これいつの時代の?と聞かれるとまるで博物館の館長にでもなった気分になる。

店の正式な名前は市原商店だが、看板の必要は感じたことがない。どのみち来る客はふらっとくる人だけだ。方や、物を預けにくる客は長年の付き合いの役所の連中が多い。大きな声で言えないが、役所は大事な取引先だ。最近の仕入れは、身よりのない人の遺品が多い。

現場に出向くこともしばしばある。店に入る限り大体の品物はこちらで引き受けられるが、書籍だけはキリがないので断ることにしている。ゴミが増えるのでもったいないとは思うが、こればかりは仕方がない。出物の量は人によりきりだが、金持ちも貧しい人も本のたまり具合だけは尋常でない。

12.15.2012

鬼ころし外伝

昔々あるところに、事実婚の藤井さんと小原さんがいました。毎朝藤井さんは山へ芝刈りに、小原さんは川へ洗濯しに出かけるのでした。

ある日小原さんが洗濯してると、それは大きなモモがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。まあ大きなモモ、これは家で藤井さんと一緒に食べましょう、と小原さんはよろこんで言いました。

芝刈りから帰ってきた藤井さんも驚きましたが、早速食べようと包丁でモモを割ったらあらびっくり。元気な男の子がモモの中から出てきました。

藤井さんと小原さんは、モモから産まれた男の子をモモ太郎と名付けました。ただその夜、モモ太郎の名字を藤井か小原にするかで大げんかしてしまい、子育てどころか事実婚解消のピンチに陥りました。

仕方がなく翌朝、モモ太郎をとなりの年金暮らしのおじいさんとおばあさんにおしつけることにしたんだとさ。