12.31.2015

押し入れの底から

草刈茂、独身42才、方南町在住。

社会人になってから20年間以上、同じ1LDKのマンションで一人暮らしをしている。建物は古いが交通の便がよく、間取りの使い勝手も良い。

自分がこの年齢まで未婚であることは想像していなかった。女性と真剣に交際することもあったし、努力もした。こればかりはまだ縁がないとしか言いようがない。

長年の経験で料理、洗濯、掃除も一通りこなせるようになった。今年の大晦日は放置気味だった押し入れの整理をしようと決心していた。

仕事納めを午前中に終えると、昼過ぎから押し入れの大掃除にとりかかった。捨てる・捨てないモノの分別で面白いものがたくさん湧き出てきた。大学の卒業証書。使用済みの使い捨てカメラ。保証書、よくわからないケーブル、親からの手紙。20年もの年月をかけてたまったものなので、最近のものも、相当昔のものも混ざっている。

レジ袋が出てきた。中身はセグレタのシャンプーと未開封の歯ブラシとフリスクだった。卒業証書の近くにあったので、きっとここに引っ越して来てから間もないときに買ったものだと推測できた。しかし、いくら記憶をめぐってもなぜこんなものがあるのか分からない。シャンプーにセグレタを選んだことなど当然ない。

セグレタの袋にすっかり気を取られてしまい、気がつけばテレビから紅白のはじまりのアナウンスが聞こえてきた。

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今年はこれでおしまいです。

読んでくださった方、ライブに足を運んでくださった方、関わってくださった方、ありがとうございます。

みなさんにとって穏やかな年末でありますよう。

ヒケ

12.05.2015

おかわりなく

三谷和夫、45才男、霊能者から聞いた話。

霊能者の存在を信じてもらえるかはあなた次第になってしまうが、本人の心には偽りないことだけでもご理解願いたい。三谷とは大学時代からの付き合いで、今でも年に何度か二人で飲みに行く関係だ。

三谷は子供の頃から自分にしか見えない世界に気づいていたが、その能力を持って人を助けたり、生活のかてにする考えは社会人になってからのことだった。主な仕事は魂との交信で、最も多いのが先立ってしまった配偶者とのやりとりである。依頼者の事情は多種多様。亡くなってもつながっていたいという思い。近況を伝えたい。通帳とハンコがどこにしまってあるか分からないので霊に聞きたい、という珍しいケースもあったそうだ。

酔っ払った三谷が突然私に言う。

「なぁ坂本、霊は孤独だと思うか?」

さあな、孤独なんじゃない?何せ死んじゃってるんだし。

「それがな、違うんだよ。ついこないだの仕事でさ」

その日は依頼の交信を終え、お客も帰って一人だった。ところが「回線」がまだつながっている状態で、霊が話しかけてきたというのだ。その霊は60才でガンで亡くなった男のものだった。先ほど帰ったのはその妻で、割とひんぱんに交信を依頼してくる常連客だ。

「出会っちまったというんだ」

あの世でも下界でも霊はウヨウヨいる。身体が無いだけで、それ以外は生身の人間とほぼ変わらない。感情も好奇心も欲求もいっちょまえにあるのだ。霊同士が出会って友達になったり、喧嘩したり恋人になっちゃうことも十分あり得ることなのだ。

「奥さんにどう話を切り出していいか聞いてきてさ。知るかっつうんだ」