12.31.2008

あなたと会う資格

百歩譲って、二人ともにこの約束を守りたいという決心があったとしても、実現するにはあまりにもハードルが高過ぎた。これほど彼らに「現実」を度外視させたのは、無論、情熱とか勢いとかそこらへんだ。テレビの見過ぎも一さじ加わっていたのかもしれない。決して悪いこととは言わない。ただ、客観的に見ればほんの少しアポたれなだけのことだ。でも、当時の本人達にしてみればきっと、アポたれでも結構だったのだろう。

3年後の大晦日、東京駅で待ち合わせしよう。
運命が味方についているなら、きっと引き寄せてくれる。

二人はその言葉を交わして一旦、離ればなれになった。その理由は実にありふれた話で、もしかしてあなただって経験したことがあるかもしれない。片方が死ぬ訳でも宇宙に旅立つわけでもなかったので、離れてる間もその気になれば連絡はとれたかもしれない。でも、一度こんな形で約束をしてしまった後に、例えば前日に携帯電話でしれっと「明日いつ、どこで待ち合わせるぅ」と軽くきける雰囲気ではなかったのだ。

そうとはいえ、結果はなかなか惜しいものだった。

2時間と200メートルのずれ。混雑のピークは過ぎているものの、東京駅は東京駅である。そう考えると、いや、実に惜しい。

その後、男は改札近くの掲示板で女からの伝言を目にする。

来年の大晦日は、運命が私たちの味方になってくれるといいですね。

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今年のfelling the titan、これでおしまいです。

読んだりコメントを残してくださった方々、音楽を聴いてくれた方々、
本当にありがとうございました。穏やかな年末年始を過ごされてること
を祈っております。

それでは、良い年をお迎え下さい。

ヒナミケイスケ

12.29.2008

ハンカチ、悪くない

それでよう、電車の姉ちゃんがよう、降りるときに焦ってハンカチ落としやがるの。俺は向かい側からずっと姉ちゃんの脚ばっか見てたからよう、すぐに気づいたわけ。ソッコー、ハンカチ拾ってやってさ、超紳士かまして落し物ですよって感じでさ。ついでに顔拝んでやろうかって。

で、どうだったんだよ。

ダーメダメ、ブスブス。話にねんねーのって。それが超、なんつーの、ありがとうございますぅ、って感じでマジキモかったぜ。30発ひっぱたいてやったら少しゃあマシな面になるかもしれねぇと一瞬思ったけど、適当にどういたしましてって流しといたけどよう・・・。

そうか。そりゃ、ありえねーな。

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聞いてよ、聞いてよ。電車の向かい側の席からさ、キモ太郎君がずっとアタイの脚をジロジロ見てるわけ、本当にキモいったらありゃしないわ。雑誌から目を上げてチラチラ、さ。微妙に笑ってるし。マンガじゃあるまいし。もうーエリどうしよう、わたし。

えー痴漢みたいな感じ?

近づいたら叫ぼうと思ったわよ。そうそう、それでやっと代々木駅についたんだけど、バッグからハンカチ落としちゃってさ。これがキモ太郎がキビンに動くわけ。落としましたよ、デヘヘって顔近づけてくんのよ。こーれーがーひどくてさ、本当に。相手すると大変だから、ありがとうございますって言ってそそくさ逃げたわよ。

ハンカチ捨てなよー、マジキモー。

捨てる、捨てる。当然でしょー。

12.28.2008

傀儡政権

夕方19時、私は見知らぬ人の玄関で何をしているのだろう。
理由は分かっている、が、何故ここにいるのか良く分かっていない。
もっと大事なのが、ここからの出口が良く分かっていない。

小学2年生の息子がクラスメートの女の子を殴ってしまった。肝心な子供たちはとっくに仲直りしている。母親同士も既に決着はついており、最後の儀式として、停戦を示す父親会談が決裁された。無論、私は帰宅直後にその任務を伝えられたまでである。相手の親とはまったく面識がなく、気まずい展開になることは必然だ。相手の父親も、間違いなく同じ心境であると思われる。

「田中、いや、田中民生の父親の、田中です。」

「ああうう、神尾です、美香の父の。」

「この度は、申し訳ありませんでした。ほら、お前も。」
「だって美香ちゃんいないじゃん。」
「あ・・・いいから、美香ちゃんのお父さんに謝るんだよ。」
「だって。」

「ああ、いいんです、全然ケガしてるわけでもないんで。」

「いやぁ、本当にすみません。うちのが。」

「いやいや、こちらもこれほど大事になるとは思ってもいませんで。」

会話の終わりが全く見えてこない。

早く、帰る素振りを出さなければ・・・と思った。

「それでは・・・」

「お茶でも・・」

出遅れた・・・!

神尾氏の顔も明らかに引きつっている。自信の発言を後悔しているに違いない。私と息子は居間に通される。神尾夫人が用意していたケーキと紅茶が出されると同時に、事態は更なる迷宮入りとなった。

12.22.2008

思い出になってやる

元気ですか。2008年のお前です。
あと、2週間の命もありません。

新年は無事に乗り切れましたか?
お前のことだから、無難に寝通したかと思いますが。
先代も、俺もそうだったのでお前も、きっと。

忘れない内、先ず書いておこうと思いますが、来年はきちんと活動して下さい。「きちんと」というのは、「きちんと」練習したり、「きちんと」曲書いたり、「きちんと」色々考えてやるということです。人が見てるんですから、ね。あまりつまらんことはダラダラ書きたかないですが、音楽は聞き手がいて初めて成り立つものです。せっかくいい縁がいくつか出来たのだから、無駄にしないように、少しでも成長してください。頼みましたので、よろしく。曲ネタは例の赤ノートに残しておきます。

チンして食べてください。

あと、いくつか負の遺産もあります。敢えて一つ一つ列挙しないけど、大体お前が把握していると思う、てかそう願っている。申し訳ないけど、よろしく。色んな人が心配してるので、くれぐれも周りに迷惑かけないように。

子供は二人とも、今年の12月に無事に誕生日を迎えることが出来ました。
後はよろしく。来年から小学校です。

嫁も、苦労しています。
後はよろしく。

仕事は、適当にして下さい。
環境が環境なので、自分にとって一番いい道を選んでください。

身体は、先代に申し訳ないが少し太らせてしまいました。
気が向いたら痩せてください。

あと、ヒゲが年々濃くなってるようなので剃ることを忘れずに。
アレは、悪いけど、きっとモテません。お前は30才にもなるのです。
余計なお世話だが、身だしなみには、せめて最低限の配慮を。

コタツの延長コードをなくしました。
そして、親からの電話が増加傾向に。
ごめんなさい、そしてこれからも気をつけて。

ヒケ

12.19.2008

地球の心配

地球は、丸いらしい。

いまとなってはその事実を直に確認する方法が何通りかある。最もお手軽なのは、衛星写真や宇宙飛行士が言うことが本当であると鵜呑みにすることだ。それでも納得できないなら、お金を沢山貯めて、コンパスと航空券を買ってヒタすら東にとんでいけば、いずれ出発したところに戻れるか確認できるはずだ。コンパスが壊れたり、航空会社が大嘘つきでない限り。

遠い海外に恋人を作ってみてはいかがだろうか。毎晩その恋人との電話越しの愛の集いのついでに、時刻と日付を尋ねればいい。相手は涙ながら、いつもあなたとは遅れた時間を口にすることだろう。もちろん、恋人が浮気者や大嘘つきでない限り。

地球が丸いと分かったのは、人間の歴史上ではわりと最近な出来事なのではないかと思う。

もうウン十万年も経てば、同じように、天才に近づけば近づくほどバカに近づくことや、愛に近づけば近づくほど憎しみに近づくことが、当たり前のように分かってくるのでしょうか。

12.16.2008

災いの元

星谷恭吾です。
なんというか、告白したいことがあります。

私はこの一週間ほど、家ではほとんど言葉を発していません。失語症ではないと思います。会社には通ってるし、そこではそれなりの最低限の会話はできているからです。ただ、なぜか家に帰ると口がなかなか開きません。色々なことを思いついたり、それを言いかけたりするのですが、言葉が喉から口先に動く途中で必ず『ブレーキ』がかかって口が閉ざされ、そのまま言葉を飲み込んでしまう感じです。ただいま、とか、へぇとかほうとか携帯電話の定型文で入ってるような台詞は言えるのですが、会話らしい会話は出来ていません。

しかも困ったことに、あまり困っていません。

人に、迷惑をかけてるとは思えません。

元々、ペラペラしゃべるような者ではないのです。

ものを書くことはできます。現に、私は思っていることを言葉にしてつづっています。ただ、私の部屋はいまとても静かです。私一人ですから、当たり前のことですが。パソコンの機会音が聞こえます。キーボードのカチカチが聞こえます。自分の呼吸も、少し聞こえます。あとは頭の中の言葉だけです。こういうことが、あるんですね。

原因はよく分からない。さておき、分かったところで伝える手段がない。

私には一才の娘がいます。さっき、私の部屋にいました。言葉を持たない子供との会話が、むしろ充実しています。舌を鳴らすと笑ったり、足の指をくねくね動かすと足をつかまれたり、バイバイのしぐさをすると真似をしたり。だっこをされたい時は、両手でバンザイして私を見上げます。本人は喋る気マンマンです。グゥとかバァとかエヘヘとか。

かつて流行ったブッシュマンの気分。覚えていますか?
もしかしたら、とてつもなく幼稚なのかもしれない。

でもあともう少しの間、このままそっとしてほしい。

12.11.2008

ひなたぼっこ

子供って案外、気の長い生き物だと思います。
たとえば、こんな光景を見たことがあります。

公園の砂場で山、トンネルをせっせとつくる子供。他の子供が磁石のように寄ってきて、砂場はあっという間に定員オーバー。中にはヤンチャなのが一人や二人絶対いて、何かが出来上がる直前でどかーん、と台無しにしてしまう。いわゆるゴジラ役。壊された一方は、仕方なく作り直しては、壊され、作り直しては壊されの繰り返しに陥る。

不思議なことに、一度ぶっ壊されてから激怒する子供を見たことがありません。いても絶対おかしくないと思うのですが。私が見た限りでは「あ~あ」という反応が先立つことが一番多い。一言で言えば「我慢強さ」かもしれないけど、そもそもゴジラに対するあるべき憎しみや怒りを感じず、それだったら我慢してるんじゃなくて、別の何かなんじゃないかなって。たとえば、お山がなくなって悲しいから立て直す一心なのかもしれない。それが正しいとか間違ってるとか、それが美学だと言う思惑は毛頭ないし、いやそうかも知れないし、本当はよく分からないんだけど。

くっそー、と思えることはいずれ自分を守ったり、向上心を持つ上では少し大事で。でも、しきりにくっそー、ばかりだとウンコしか残らないことも。

なにせ、ウンコなのだから。

今日は、外が暖かくて気持が良かった。

12.08.2008

私は元気ですか

龍埼花子。リュウザキハナコ。
相変わらずものすごいインパクトのある名前である。

あけましておめでとうございます。
去年は、婚約いたしました。

とのこと。

私は彼女からの年賀状を、パラパラ見ていた束から取り出して妻に渡した。花子さん、婚約したみたいだよ。あら、そう。それはよかったわね。

実は、私も妻も龍埼花子のことを知らない。「良く知らない」のではなく、赤の他人的に「知らない」のである。早い話、宛先の間違った年賀状を受け取っている。おそらく彼女は、私たちの前にこの住所に住んでいた人に送ろうとしたのだろうが、その人がとっくにいないことに一切気づくことなく、かれこれ5、6年間、毎年年賀状を送ってきている。偶然にも、前の住民も私たちも「佐藤」であることから、この街の郵便局もスルーしてしまっているに違いない。

初めて彼女から年賀状を受け取ってから数年間は、私はてっきり龍埼花子は妻の友人だと思い込んでいて、同時に妻もてっきり私の友人だと思っていたようで、互いに疑問すら起きなかった。夫婦肩をならべて年賀状を一枚ずつ確認するわけではない。ふとしたきっかけで、2年前くらい妻が私にこの人誰だったっけ、と訪ねてきたのが初めてこの事態に気づかされたきっかけだった。

私たちは本人にも、郵便局にも、誰にも知らせていない。何も悪意はない。ずぼらなだけで、恥ずかしいことながら毎年忘れてしまう。同時に、少し罪悪感を感じながらも、新しい年賀状を受け取る度に見受けられる成長をひそかに楽しみにしているフシもないでもない。上京してきたとき、大学を卒業したとき、就職したとき、そんな人生の数々のステージを見知らぬ「佐藤」が見守っているのが少し愉快に思えるのだった。決して、良い子は真似してはいけないことだが。

綺麗に印刷されているものなので、おそらく龍埼花子はパソコンかなにかで年賀状のデータを一括処理しているはずだ。このまま放っておけば、年賀状は普通に送られ続けるだろう。誰も、大した損はしていないのではないか、と思っている。

来年は、花子さんはどんな名字に変わっているのだろうね、と妻と笑い話をする。

12.04.2008

防空シェルター

取材メモ 08年11月26日 14:00 杉並区高円寺北某所
標題 特集 安斎憲正 13才 若き天才ピアニストの素顔
以下 記者(記) 安斎(安)

<録音入り>

(記) 今日は13才のピアニスト、安斎憲正君とのインタビューです。この若さで、先月ニューヨークで初リサイタルを成功させた快挙。タイムズ紙も「新世代を牽引するステージプレゼンス。技術は当然ながら、13才とは思わせない音の深みと表現の豊かさ」と絶賛。安斎君、今日はよろしくお願いします。安斎君って呼んで大丈夫かな?

(安) はい、大丈夫です。よろしくお願いします。

(記) 緊張しないでね?

(安) 少し、緊張してます<笑い声>

(記) まず、リサイタルの成功おめでとうございました。どう思われましたか?

(安) とてもうれしく思います。リサイタル中はとても緊張していて、鍵盤にずーっと集中してたので正直よく覚えていないんです。でも、リサイタルの後に色々な方に声をかけていただいたりして、少しでも楽しんで下さった人がいてよかったです。英語があまりできなかったので、通訳の人に頼りっきりでしたが。

(記) 安斎君、さすがに慣れてるねぇ。でも、来年にレコードのリリースも決まってるし、これからも色んな国から声もかかるのも時間の問題だし、ある意味プロとしてできることをもうこなしちゃってるんだよね。これからの目標はどのように考えているの?

(安) 僕の演奏はまだまだだと思います。まずは経験をたくさん積みたいですね。ツアーも、レコーディングも、何でも貪欲にやりたいと思います。いまは、特にレパートリーの選択に力を入れています。

(記) レパートリー?どのような?

(安) やはり古風のものからマスターして行きたいと思いますね。現代曲は華やかで楽しいけど、やはり全ては17世紀や、18世紀の初期ロマン派時代に回帰する気がいつもするんです。基礎が大事だと思うので、私は毎日ハイドン、バッハの練習は欠かしません。バッハなくしてショパンあらず、といいますから。

(記) そ、そうなんだ・・・。安斎君、本当に13才だよね?

(安) ええ、13才ですが。

(記) あぁ、そういえばクリスマスも近いですね。彼女とかと過ごしたりするんですか?

(安) 彼女ですか?あまり、ないんですが。

(記) 大人といっても、さすがにそこまではないかぁ。

(安) クリスマスは、家にいなければならないんです。

(記) ご家族と?

(安) それもありますが、サンタクロースが。

(記) サンタクロース?

(安) 毎年、父さんと母さんにサンタクロースへの手紙を預けているんです。今年は新しい手袋をお願いしたんで。

(記) そうなんだぁ。

<以後省略>

<備忘録>

天才少年ヘノキョウ育トハ

12.01.2008

再利用不可

「あれ、これラジオ?」

「いや、CD」

「あなたこんなの聴くの?」

「何?」

「美空ひばり」

車の中では美空ひばりの曲がかかっていた。

男は、笑いながら返す。

「日本人がたまに美空ひばり聞きたくなって、何か変かな?」

女も、笑う。

「いや、変じゃないけど。あたしも、結構好きだから」

「だろ?」

「ほら、あなたいつもはもっと、ロックとか、ああいうのだから」

「まぁね。でも、違うもの聞きたい時ってあるじゃない?」

「ピンチヒッター、ってことね」

「ひばりに失礼だけど、まぁそんなところかな」

「この曲に、いい思い出でも?」

「ないなぁ。有名すぎて、いつ初めて聞いたか忘れたよ」

「思い出の曲ってある?」

「あるだろうけど、今思いつかないよ」

「じゃあ、思い出したくない曲ってある?」

「思い出したくない曲?変なこときくなぁ」

「印象に残る歌って、大体聞いた当時の記憶を呼び戻すじゃない?」

「そうだね」

「だから、いい思い出の曲もあれば、悪い思い出の曲もあると思うの」

「そうかもな。そんなお前は、思い出したくない曲はあるのかい?」

「そりゃあ、沢山あるわよ。少なくとも失恋した数はね」

「そうか、それは失礼。じゃあ、僕らの曲はこの美空ひばりってか?」

「それはダメよ。もう使っちゃった曲は」