10.22.2009

壁から滴るイニュエンド

リンリン村はある山奥に潜んでいて、地図にのっていなかったらいまにも忘れ去られるような村。自給自足なので、村人は滅多に村の外に行かない。

そんなリンリン村の南に森が広がっていて、その更に奥に小さな洞窟がある。これまた、時に忘れられそうな村人と同じで、風がふけば忘れられてしまいそうな、小さな洞窟、もはや洞穴とよぶべきか。大人一人が膝小僧を抱いて完全に入るくらい。

何故この洞窟が村人の意識に留まっているかというと、古くからの言い伝えがある。大した話ではなく、早い話はこの洞窟、「願いの洞窟」とされており、願掛けの場所だ。オリジナリティに欠けるが古くからの名前なのだから仕方ない。安産、縁結び、金運、雨乞い、交通安全、豊作、受付可。大勢じゃないにせよこれだけ用途の幅があると、託される穴の立場からするといかんせん気の毒な状況と思える。

どの家も、神棚をたてていない。
例えば、月夜のいま洞窟に入ろうとしている、あの青年。花嫁を明日むかえることになっているが、田舎には田舎なりのレールに乗っての運び。壁から滴る水滴に濡れて、無表情、ただただじっとしているだけ。悩む以前に何について悩めばいいのか教えてくださいといわんばかり、じっとしているだけ。若者だってこの洞窟を訪れる。不思議な何かを求めている、というよりは、小さな村で思い存分想いにふける、邪魔の入らない場所といえばここしかないのかも知れない。

これとは関係ないが、最近洞窟の中に赤ん坊が発見された。捨て子、なのであろうが、ついつい不思議な何かに話を結びつけようとする一部の村人が騒ぎたてているらしい。

10.14.2009

センセーション

マスミは近所のコンビニエンスストアに入り、お菓子の列へ直行した。午前10時頃で、ラッシュ直後の店内は空いていた。マスミが買ったのは、明治の板チョコ。月に何度か、ここに買いにくる。彼女にとって、数少ない贅沢の一つである。チョコレートが溶けてしまうと行けないので、必ず小さなレジ袋に入れてもらうことにしている。こればかりにおいては、エコうんぬんの問題ではない。

板チョコは豪快に食べるもの。板がマスに分かれてるのは一口サイズをはかるためにあるのではなく、単に溶けにくくする商品の工夫である。マスミは家に帰るとすぐに包装紙と銀紙を巧みに脱がせる。冷蔵庫に入れる手もあるが、それでは固いだけのチョコになってしまうため、せっかくの食感が害われてしまう。冗談じゃない。はぐ、はぐ、とチョコレートをほおばる。発想が多少危険かもしれないが、板チョコにものどごしというものが明確にあると確信している。飲み込んだ後にため息をもらす。

身体が水を求めている。冷蔵庫から良く冷えたミネラルウォーターを取り出して、扉を開けっ放しでらっぱ飲みする。気持ちのいい寒気が身体をかけめぐる。再び、ため息をもらす。

そんな女性のそんな瞬間が、少し素敵ではないかと思う。

10.10.2009

大人の事情

なによ

なにさ

もう終わりだな

もう終わりよ

人類初の宇宙飛行士夫婦はこのように、ただの二人の宇宙飛行士になった。割りとあっけない結末が、一つのスイッチを押し間違えたがために世界中に音声つきのハイビジョンで伝わってしまった。

ワイドショーは話題がまた一つ減るため肩をおとしたが、空の向こうで起きてることにさしたる変化はない。何故かと言えば二人は夫婦である以前に宇宙飛行士であって、結婚していようといまいとその責務は同じだ。つれてきた生物の世話、宇宙船の操縦、掃除洗濯と食事、地球の科学者との打ち合わせ。ここだけの話、いまは仕事に打ち込められる状況に二人が助けられてることもある。

あと五年間のミッションはきっちり終わらせてから、今後のことは地球でゆっくり話そうと、二人は合意した。俺はこっちで寝る。君はそっちで寝てくれ。