7.23.2010

業務連絡:ライブ

ヒナミケイスケです。先日久しぶりに運動をしましたが、突然の仕打ちに下半身は素直に逆上し、男三十にて初めてうんもちびるのではないかと真剣に怖い思いをしました。結果、その種の災害は幸いに起きず、変わらず大人としての肩書きを守りきった次第です。とんだヒヤリハットでした。

そこで(どこだ)、土曜日は八丁堀の七針というハコで、ラストチキンのライブをします。よろしかったら、ぜひ聴きにきてください。まだ見たことはないのですが、巷で評判のアートスペースなんだとか。東京駅の近くというのも、なんだか異次元を期待させます。居心地が良さそうです。

いつまでたってもライブ慣れをしないのですが、連チャンの末というのはほとんど無意識になってるため、余計な力の無い、いい演奏がしやすいというのが定説です。しかしながら、チキンとも名乗ってる輩がそうなれるかは未知です。鋭意、努力します。あ、力んじゃいかんのか。やれやれ。

来月は久しく完全なるアウェー戦でソロで歌います。上手くいくといいな。

7.19.2010

外にでかけること

先週末、近くの西友に行っていました。この西友は近隣の百貨店と比べて古く、かなり廃れていました。気のせいかも知れませんが、商品も少ないように感じました。人気のなさも合わせて、とても週末の昼間とは思えない光景でした。悲しいことに、これが日本の百貨店の実情で、販売員の数も相当減っているようでした。

そんななか、ハイエナ的な気分は否めないけれども、安売りのTシャツを求めて紳士服を物色していました。一顧客の立場からすると、余計な声をかけられることなく、久々に居心地よく買い物をできましたが、少し心苦しい気持ちもありました。

エスカレーターの脇に、ベンチが3、4並んでいました。それぞれのベンチに一人ずつ、お年寄りが腰掛けていました。明らかに買い物客でなく、読書していたり、ぼーっとしてたり。一番印象に残ったベンチでは、車椅子にのった60代のおじいさんがいて、みた感じだと80代のおばあちゃんに、タッパーからスプーンで昼食を食べさせていたことでした。

7.13.2010

うどんはそばを愛してる

ライバルという言葉について、少しかいつまんで考えてみたい。競い合う関係と、認め合う意味を兼ねている。その意識が各々を高めることにつながると思われ、言葉自体は概ねポジティブな文脈で使われるのではないかと思う。カタカナ四文字にしては、欲張って意味を詰め込み過ぎている気もする。

この言葉、スポーツで使われることが多い。例えば、プロ野球の巨人と阪神。誰もが知っていて、一見ライバルそのものを象徴する。でもこの関係に一つケチをつけるとすれば、勝ち負けの世界では互いの利害が完全に対局していること。極端にいえば相手を蹴り落とすことで自分を高めるわけなので、お互い認め合う余地にも限度がある。少なからず相手、すなわち敵対心、すなわち嫌いこんちくしょう、という気持ちが芽生えてくるのも自然である。それぞれのチームをひいきにするファンも同じ。

うどんバーサスそば、こちらの方がライバルの鏡と言えるのではないか。巷では最近、にわかにうどんルネッサンスを感じるが、そばが巻き返す日は必ずくる。そばアレルギーじゃない人であれば、うどんもそばも嫌いじゃないはずだ。ましてや、うどんが好きだからそばが嫌い、なんて馬鹿げたことは起きない。

両方とも基本は和風だしで食す麺。あまりにも近い。仮にでもうどんバーサスそばが世紀のデスマッチだったとしたら、とうの昔にどちらかが淘汰されていたはずだ。お互い根強い人気をほこる背景には、愛のほかなにがあるといえる。香川県除き。

7.10.2010

小川のせせらぎ

小川のせせらぎに耳をよせた。栃山氏は悪者につれられ、山奥でボコボコにされていた。意識はあったが、身体は死体同然で動けなかった。耳をすまそうとそうしまいと大の字で青空を仰いでる状態は変わらないので、他人からみたら区別できない。ただ、本人はある瞬間を境に、明確に意識の全てを小川に集中させていた。

ちゃぷちゃぷちょろりん。そんな音に交わって、バシャリバシャリと何かが栃山の方に近づいてくる。先ほどの連中が戻ってとどめを刺しにきたかと思ったが、一人のようだ。いや、子供だ。子供が、小川をくだってきた。くだってきた?次々と疑問がわいてくるに関わらず、子供の足音は栃山のすぐとなりで止まった。

おじちゃん、だーいじょうぶー?

鼻がさわるくらい顔を近づけてきて、明るい声で聞いてきた。

おじちゃん、ああ、大丈夫だよ。ひなたぼっこをしてるんだ。ボクは一人で何をしてるんだい?

ふーん。ボクね、道に迷っちゃったの。

それで川をくだってたんだね。かしこい子だ。お父さんに教えてもらったのかい?

お母さんに教えてもらった。でももう、くたびれちゃったよ。ヘトヘトだあ。おじちゃん、おんぶして一緒に探そう?

おじちゃんは、もう少しここにいなきゃならないんだ。人を待ってるのでね。ボクもここで待っていきなよ。

そっかあ。わかった。

怖くないかい?

ボクもひなたぼっこする。楽しい?

そりゃあ楽しいとも。

7.04.2010

運転中に目をつぶる病

山登りから無事帰ってこられた。一度も道に迷わなかったし、怪我も怖い思いも一切なかった。

夕方、仁科は一人部屋のマンションの玄関先でリュックをおろし、気持ちいいくらい泥だらけのウェアもその場で脱ぎすててシャワーを浴びた。気持ちがいい。

今日行ってきた山は、特段危険なところではない。強いていえば一昨年の2月に遭難者がでたそうだが、どんな山でも冬季は遭難者の一人や二人はでるもの。いつもは、高齢者でも時間をかければ登れる、気楽なコースだ。そういうことなので、仁科が無事に帰ってきてこれたことも何も驚くことではない。

それでも仁科の心の片隅では、いままで色んな山に挑んではきたが、山のやさしさ険しさを問わない大きなものに守られてる気がしている。

時々、妄想の中で遭難する自分を想像してみる。怖いものみたさというか、いまだに縁がない分遭難することがとんでもなく怖いのだ。