12.22.2006

銀色のメトロライナー

男はあせっていた。足早に階段を駆け上がろうとするが、急げば急ぐほどロングコートが脚に絡んでしまう。汗びっしょりになってのぼり終えると、広大なターミナル駅の改札ロビーが視野を埋め尽くす。大勢の足音や駅内のアナウンス、子供の泣き声といった、無数の雑音がまざりあって、タイミングを図ったかのようにいっせいに聴覚に襲い掛かる。壊れたラジオのボリュームをめいっぱい上げて、両耳にあてたようだった。

まずは左から右へと、自分の向かうべきホームを探して辺りを見渡す。人ごみの向こうにある、13番ホームに大きなメトロライナーの先頭車両が見える。筋肉質のカーブを見せびらかすような銀メッキ。するどいノーズに、小さな運転席の窓は鋭い目のよう。冷たく、挑発的な表情だ。乗る者、置いていかれる人を選別するかのように。

ホームの電光掲示板を見ると、出発まで間もない。男はデパートの紙袋のとってをぎゅっと握って、全速で人ごみに突っ込んでいった。そう上手くホームまでの一直線を走れるわけがない。半分の距離を走るだけで、一人の老人を突き倒し、一組の恋人のキスを邪魔し、二人のサラリーマンと一人のチンピラに罵声をくらい、一人の駅員に叱られ、一人の迷子の子供の泣き声を無視しなければならなかった。

一歩近づくたびに、あの銀色のメトロライナーへの愛しさが増す。

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