1.23.2007

一杯の水割り

若い男はバーカウンターで、もう30分も、同じ水割りとにらめっこをしている。

暗い照明に小洒落た店内、静かに流れる落ち着いたBGMには不似合いとしか言いようがないフリースのトレーナーと、右方ひざにぽっかり穴の空いたジーンズを履いている。周りの客はスーツ姿の男ばかり、そしてその殆どは若い女を連れてきているか、待ち合わせをしているよう。一人なんかじゃないぞ、皆がそんな空気が漂よわせている。ただ、その男だけは自分が注文した水割りにしか相手をしてもらっていないことが明らかであったし、そのグラスから男も目を離さない。グラスには半分くらい、酒が残ったまま一向に飲み干す気配がない。氷も溶けはじめ、グラスの中身はなんとも汚らしい薄い黄色に変わっていた。紙製のコースターもグラスの汗を吸い込んでカウンターにへばりついている。

綺麗な金色のベストを着た、年老いたマスターは布巾を手にとって、タンブラーを磨き始める。片目で男の様子をチラチラ見ていたが、声を掛けることにした。

「お客さん、ここは初めてなのかな。」

「ああ、うん。」

男のことを気の毒に感じたのかもしれない。何かひどく悩んでいるのか。変わった客が飲みに来るのは珍しくないが、店の中で何か、やらかされてはたまったものではない。男は会話を渋るかと思いきや、意外にもペラペラしゃべる。いい雰囲気の店だったのでふらっと入ったのはいいが、この街に引っ越してきてから間もなく、友達がいない。悩みといえば、話し相手がいないのに悩んでいたそうで、もうそろそろ気まずくなってきたので帰ろうと思っていたところだという。

マスターは笑った。

「そんなことなら、もっと早く声かけてくれればいいのに。あいにく、この店は友達を探すようなところではないけどね。お客さんのこと、気に入ったよ。もうすぐ閉店だし、後でどこかで軽く一杯どうかね。」

若い男は喜んだ。

二人はビールで乾杯した。マスターは言う。

「ごらんのとおり、この街は見栄っ張りが多い。友達は気をつけて選ぶんだな。」

「はい、それがよさそうですね。でも、マスター」

「ん?」

「マスターはなんで私に良くしてくれるんです?」

「ううん、どうだろうな。君が悪いやつじゃなさそうだった、からかな。」

男は笑う。

「モテそうにもないからでしょう?」

「それもだな。おいおい、私にあまりひどいことを言わせないでくれよ。」

「いや、でも本当に。僕は、あなたが気のよさそうなおじさんだったから。」

「うーん。君には、何も期待しなくてもよさそう・・・だったからかな。」

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