3.15.2007

選択肢はない

神野知恵子とは、僕の幼馴染のことだ。
出会ったのはかなり昔のことで、その頃のことは覚えていない。
僕も彼女も今年で二十歳だが、いまだ同じ街に住んでいる。
恋人ではない。思い返してみれば、恋の話なんかしたこともない。

本当に仲がいいのか、共通の友人にはいつも疑われる。なぜ疑われるかというと、僕はあまり、彼女と会話をしないからだ。ただ、確かなのは彼女と一緒に「歩く」ことが多いことだ。僕が通う大学は、彼女の職場のひとつ先の駅にある。帰りの電車でよく会ったりする。自宅も近いので、そのまま駅からの帰宅路も一緒だったりする。遭遇するのはそこだけじゃない。週末は、お互い別々に予定をたてたというのに、家をでる時間がかぶることもよくある。そのまま駅までの土手の道を歩く。いつも、彼女と横並んで歩く。60センチくらい離れて、歩く。試しにその幅を縮めて歩こうとしたことがあるが、それに伴って彼女は磁石のようにはなれて、距離は保たれた。

知恵子は無口だから、あまり会話ができない。その間に耐えられないのは僕の方で、仕方なく僕はしきりに彼女に話しかける始末だ。あまりにも喋らないので、時々僕はイライラすることもある。恥ずかしい話だが、彼女にどなりつけたこともある。

「あたしの考えてることなんて、関係ないじゃない。どうせあなたには分からないわよ。あなた一人で考えなきゃ。でも、あたしは見てるからね、大丈夫よ。」

そんな一言は、はっきり出てくる。そういう日は最悪だ。

いっそのこと、彼女を避けてしまおうかと思うこともあった。その日はいつもより早起きして家を30分早く出た。知恵子の家を過ぎようとすると、彼女があくびをしながら出てくる。しっかり出かける支度がしてある。迷惑そうに僕をにらみつける。

「だって仕方ないじゃない。」

そうだった。

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