11.19.2009

残る思い出

ワシの昔の話を一つしたいと思う。このおいぼれ、若い頃は大企業に勤めていたことがあって、そこそこいい線までいったもんだ。日本中をかけまわりながら、色んな人に会ったり、仕事で様々な成功や失敗を見てきた。

とても忙しくて、なにせ起きてる時間はほとんど誰かと会っている状態だから安らげる時は少なかった。一つゆっくりできた場所は、当時まだできたばかりの新幹線だった。ワシは、この新幹線に乗るのが大好きで、誇りでもあった。

ある日、ある用事で博多から東京に行くことになった。長距離だが、ワシは長旅は全然苦じゃなかった。座席に座り、タバコを取り出して、ふぅ、と煙をはいた。その日の車両の乗客はめずらしく、私以外タバコを吸っておらんかった。気まずいというより少し不思議だったが、ふぅ。ふぅ、とタバコをのんでいたんじゃ。

大阪か名古屋あたりで、若くて綺麗なオナゴが隣の席に座った。これがよう話すもんで、ねほりはほり聞きよる。おじさまは何の仕事してはる、だの、東京に行ったらあたしアイドル歌手になれるの、だの。あたし東京に恋人がいて、いま会いに行くの、と嬉しそうに言う。初めての東京を案内してもらうの。まあそんな調子だが、元気でさわやかな、良い娘じゃった。

おじさま、あたしにもタバコ一本くださいな、とねだってくる。子供、ましてや若いオナゴがのむもんじゃないと断ったが、しつこく言うのでホープを一本よこした。ゆっくり吸いながら火をさきっぽにあててな、深呼吸するように煙をのむんだ、と吸い方も教えてやった。なかなかサマになってたわい。一度も咳こまず、プカプカすいよった。

あたし、父ちゃんもタバコ吸ってた。多分、まわりの客から見れば妙な二人だったと思う。誰もタバコ吸わない車両で、初対面の中年男と若い娘がタバコを吸いながらやかましくしてるところ。

おじさま、あたしにもう2、3本ゆずってくれない?東京駅についたら、迎えにきた恋人を驚かしてあげるの。彼にも、おじさまみたいなかっこいいタバコののみかたを教えてあげたいの。

ワシは残ったホープを箱ごと娘にわたした。娘の名前は、のぞみだったかな。そうだ。沼草望じゃった。そんな、名前。

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