4.10.2021

僕のレガシィ

笠野清石、男52才。
本名は松長きよしという。

神保町の大きな書店にいる。文庫本で敷き詰められた棚に向かい、右手にもった本を棚に差しこんだ。戻した、のではなく、差しこんだ。そしてその背表紙を眺めてみる。

「涙のティアーズ 笠野清石」

8年前に会社を辞め、物書きに転身した。本人からしてみれば、一応物書きであるから、会社を辞めたという因果関係だが、世の中はそう見てくれない。いくつか本を書いたが、コンクールや出版にこぎつけることはできなかった。痺れを切らして自費出版を決意したのだった。

その棚にならぶ作家たちの名前を見渡してみる。浅田次郎、江國香織、夏目漱石、東野圭吾。。生死を問わない納骨堂みたいだ。夏目漱石は死後も忘れさられることなく、東野圭吾は生きてるうちに仲間入りすることができて気分悪くはないだろう。

松長は「涙のティアーズ 笠野清石」を棚から回収し、静かにコートのポケットに戻した。

「お客さま」店員に肩をたたかれた。

3.09.2021

ソシテワスレズ

「あらら、君はだいぶ悪くしてきたようだね」

本日の通し番号「m745278dz」本庄正明、52才目で来界。閻魔大王は大きな手で、立派な顎髭をなでた。

「あの。。」

「あ、喋っちゃダメです。質問あったらこちらから聞くから」

「あ、はい。。」

人の役に立った功績がないどころか、害が多い。タバコのポイ捨て数、故意に踏み潰したアリンコの数、「バカ」といった回数、おまけに万引き2回。その反面、うけとった「ありがとう」の数がおかしいくらい少なく、生涯寝て生きてたのではないかというレベルだった。

「どうしてこうなったと思います?」

「どうと言いましても、基準がわからなかったものですから」

「辺見先生に教わらなかった?」

「辺見先生?え、誰、なにをです?」

「君の担当を任せた幼稚園の先生。ほら、やっちゃダメなこととか。人に優しくしましょうとか。彼女は優れた使徒なのですが」

「え、幼稚園、覚えてないです。。」

「あいにくあなたの責任ですね、、」

2.13.2021

イタチごっこ

それでは、テロップ「明日は10年に一度の積雪量。命を守る行動を」で決めたいと思います。チーフはそう言い、「次はスポーツか」と話題を進めようとした。

気象予報士の高橋は下を向いた。命を守るどころか、明日はたぶん曇りのち雨。気温も高いし、雪の確率は限りなくゼロだった。

「チーフ、やっぱり、さすがに大袈裟なのでは」

「吉田、良い加減にしろ。視聴者はこれくらい言わないと観てくれない。フジもアサヒも雪のニュースなのに、なんで俺たちだけバカ正直に伝えなきゃならないんだ」

「責任もてません…」

「責任なんてあるか。明日は明後日の話するんだから」

1.16.2021

負け戦

どんぐり町の少年野球部は弱いが愛されている。

練習熱心で、学業も怠らず、監督や大人には礼儀正しく、身内には誠実で、年下の子供にやさしい。ただ、残念なことに弱い。練習熱心なのに、技も力もチームワークも身に付いていない。目立ったスター選手もおらず、みんな同じように下手くそで、みんな同じようにいい子だった。

試合に勝ったことはないが、楽しいから続けている。

ある日、メジャーリーグのニューヨークヤンキーズから試合の申し入れがあり、どんぐり町少年野球野球部は応じることにした。多分勝てないが、売られたケンカを買わないわけにはいかない。

相手のヒットや点数は青天井になるだろう。こちらはおそらく一点も入らない。まともに出塁すらできないだろう。

チームの目標は「町のメンツを守るため、なんでもいいから数字として残る戦いの形跡」を残すことにし、一つでもデッドボールを誘い出塁する策に出た。。。

12.31.2020

根拠のない生命力

旧友がいる。
ヤマとでも呼ぼうか。

出会ったのはmixiが流行った時代だった。「時代」というと遠い昔話に聞こえるけど、意識の中ではさほど古い話じゃない。今でも連絡とりあっていて、会わずとも身近な存在だからだと思う。何度も会っているが、この数年はスマホ越し。

この人、距離感が下手くそで、せわしない。ひょっとすると天才なのかもしれない。謎の写真が急に送られてきたり、数年ぶりの一声目が「おい」といわんばかりのトーンなのだ。

それと、連絡を取るたび職業や住む街が変わっているのが楽しい。本人はいたってまじめにやっているので笑話にしてはいけないが、ちょっとツイてないところだったり、血の気が強めなので人間模様がこっけいだったりもする。

そこそこ年上で健康意識もあるのかないのかハッキリしないが、直感的に私より長生きする気がしてならない。

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今年もこれにて閉店します。駄文にお付き合いくださりありがとうございます。

みなさまの年末年始が穏やかでありますよう。

ヒナミケイスケ