2.15.2010

奇妙な遺作

今となっては都市伝説と化している話のようだが、わずか10年前の出来事なので時の証人はまだまだ残っているのではないかと思う。つくば市で一時期かなりの話題を呼んだグラフィティアーティストについては、身元も、名前も定かでない。市民は彼のことを「キツネ」と呼んでいた。作品のどこかに、署名代わりにキツネのマークを残すのが特徴だった。たまたま夜中に彼を目撃した者によれば、キツネは当時15、16才だったので今は25才くらいだろうか。今頃、どこで何をしているだろう。

キツネが何故有名になったのか。つくば市にあまり多くのグラフティアーティストがいなかったのも事実だが、’それだけ’では最も、単なる厄介者だ。ただただ公衆便所やトンネルや商店街のシャッターに勝手に絵を描かれれば迷惑がられて当然だ。

キツネの作品のテーマは全部、食べ物だった。かなりリアルに描かれた上、通りかかれば本当にその食べ物の匂いがするのだった。ハンバーグからは濃厚なデミグラスソースの香り、あんみつからは黒蜜の香り、ビールからはホップの香り。フーセンガム。ラーメン。キツネは自分の放つ魔法に気付いていたのだろうか。

どの作品が古くて、どの作品が新しいのか、まったく分からない。ただ、みな口を揃えて一番見事と思われる作品は公園のブロック塀に描かれた巨大なチョコレートだった。子供たちは不思議なチョコの壁の重力に引かれるようだった。ただ、あまりにも巨大な板チョコなので、遠くから見ればただの茶色い壁に見えないでもない。匂いは間違いようのないココアなので、自ずとチョコだろうとほとんどの人は疑わなかったが、なかには本当にチョコレートなのかな、やや、ウンコかも知れない、と悪のりする者もいた。キツネは、そんな見た人の声に関してどう感じるだろうか。

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