10.05.2019

トイレの美化に協力

とある眠たい住宅街の、特記すべきこと何一つない駅。急行も止まらないし乗り換えもない。名物も歴史も記憶に残る事項が、とにかくまったくない。

そんな駅改札内のトイレに踏み入れた時、私のなかで衝撃が走った。まず気がつくのが、きつめの芳香剤の香りのおもてなし。見渡すとすばらしい左右のシンメトリー。左側には美しく並ぶ奇数の立ち便器、右側には二つの個室と掃除道具の収納。洋式と和式一台ずつと、実に日本人らしく、日米の平和祈願を表現している。古びたベビーブルーは太平洋のモチーフか。

背後にはさらなる驚きが。手洗いの蛇口には冷温の表記がない、そして一口に絞られている。極限のミニマリズムがモダンな暮らしの価値観の象徴か。ハンドソープの容器と紙タオル入れも、当たり前のように空っぽにされている。暴走する物欲とキャピタリズムに対し、静かな疑問符を投じているのだ。

曇った鏡にうつる自分の顔と向き合うと、一筋の涙が流れていた。

9.14.2019

後悔

山本大貴。男51才、医療機器営業、結婚6年目、子なし。普通運転免許、処罰歴なし。

処罰歴、なしだが、他言できない犯罪歴がある。昨年の夏、深夜の山手線で見知らぬ女性に痴漢行為をした。

「自分も相手も酔っ払っていた、相手にも気づかれていない、他の乗客も見ていなかった、その後なにも起きなかった、わたしは常習犯ではない、そしてわたしは悪い人間ではないはずだ。二度とやらない。」

一年前のことなのに、今でもこんな考えが脳をめぐる。その後、たまたま自分が第三者として目撃した痴漢現場を止めたこともあった。それでも自分の犯した罪が帳消しになるはずがなく、むなしくも正当化しようとする自分の思考や言動に自己嫌悪が深まるばかりだった。

昨夜、たまたま新宿の山手線ホームで、一年前の女性をみかけた。その瞬間、声をかけて謝罪の一言でもかけようと思ったが、冷静になって止まった。

8.08.2019

固定電話

中山悟、男28才システム系会社員、栃木県佐野市出身、東京都中野区在住。ルックス普通、年収420万円独身。

最近の出来事は長年の交際相手と婚約したこと。収入が少ないため結婚式と披露宴の費用は一部両親の援助を受けられることになった。ありがたいことだが、計画に両親のこだわりも考慮しなければいけないのが少し面倒だ。

「田舎のじぃじとばぁば、呼ぶんでしょう?」

「あぁ、そうだね」

「あなたから連絡一本入れなさいよ、世話になったんだから」

「招待状おくればいいでしょ?」

「だめ、電話しなきゃ。身内なんだから」

「来れなかったら逆に気使わせるから、しなくていいんじゃないの?」

「だめ、電話」

「何年も話してないよ。父さんがラインしてあげてよ」

「そんなもの使ってるわけないだろ」

「まじかよ」

結果電話をする羽目になった。

「もしもし」

「あ、もしもし、中山、いや、悟です」

「あー?」

「さとるです」

「…あぁさとるちゃんかい。元気かい?」

「…あぁうん、元気だよ。ちゃんと聞こえる?今電話大丈夫だった?」

電話が苦手だ。相手が話せる状態かわからないのに、こちらの都合で無理矢理会話を進めなければならない。責任が重い。

「あぁ、大丈夫だよ。じぃじと夕飯たべてたのよ(あなたさとるちゃんだよ)。元気かい?」

何回聞くんだ…前置き長いし、繰り返すし、本題にすぐ入れないから電話は嫌いだ。こっちから無理矢理本題を切り出さなければ。簡潔に用件を伝えるのだ、これは会社でも褒められることだから得意だ。

「あ、バァバ、今度オレ、結婚することにしたから。東京の結婚式来てね。父さんも母さんも楽しみにしてるからさ。招待状送るから、郵便見といてね」

「…」

「聞こえてる?もしもし?」

「結婚?」

「そう、結婚」

「まぁおどろいた。いつ決まったの?結婚式?」

「あぁ、8月。招待状に詳細書いてあるから」

「あらー。あらー。どんな人なの?」

「えっと、同い年で、違う会社の人」

「よかったわねぇ…本当におめでとう」

「ありがとう、あぁ、あの、おじいちゃんにもよろしく伝えてね」

しめに入らなければ。

「…」

「…」

泣いてる。どうしよう。おおげさだよ。

「本当によかったねぇ」

「そんなに心配だったのかよ。おおげさだよ」

「そりゃうれしいわよ。あなたも孫とができたらわかるわ」

「そっか」

これから結婚するのに、気が遠くなる話で少し笑えた。

「母さんに変わるね」

受話器を母に渡した。

7.14.2019

天職

檜木政宏63才。

定年目前に振り返り、我ながら順当な人生だったと思う。幼少期は子供らしく愛され、思春期は反抗して成長し、若かれし頃は多少の無茶をして、自分で言うのも何だが人思いの大人になった。前線から退いた現在、自分の子供や後輩が葛藤したり成長する姿を見守るのが楽しい。

100才の時代という。今まで大きな病がなかったのは幸いだが、それは先がまだ長いという兆しでもある。人様に迷惑かけたくないのが大前提だが、40年間「人に迷惑をかけない」といっても大義に欠ける。隠居生活したいわけでもないし、何らか人との関わりは持ちたいと思う。時には妻と二人きりも悪くないが、正直なところ間が持たないだろう。

あるものは経験、時間、心の余裕、多少の金。ないものは体力と勢い。これといった趣味はない。好きなことは人と関わること。

とりあえず新興宗教「檜木の家」を立ち上げることにした。時間はあるので、中身はこれから考える。

6.22.2019

マーラーの恋

クラシック音楽の有名どころで、グスタフ・マーラーという19世紀後期の作曲家のお話。貧しい生い立ちで、キャリアの大部分はオーケストラの指揮者として生計を立てていたらしい。心臓が弱く、50才の若さで亡くなっている。

バッハやベートーベンと比べると作曲のレパートリーも少ない。それでもマーラーが代表格として挙がるということは、それだけ1つ1つの作品が人の琴線に響いたからではないかと思っている。ところが、内容は決して分かりやすい音楽ではない。流れがつかみにくいし、主旋律がわからなかったり、不協和音もしばしば。聞き手もがんばって聞かなければならない。現代音楽独特の気難しい要素もあるといえばある。

一曲だけ、毛色の違う楽曲がある。交響曲第5番第4楽章の「アダージェット」。壮大な作品のうちわずか10分弱を占める小作だが、あまりにも美しく、交響曲そっちのけに単体の作品として演奏されることが多い。ハープのアルペジオにあたたかい弦楽器の主旋律が重なっていく。限りなくシンプルで、ゆっくりで、情緒深い。疑いようのない「ラブソング」だ。

言い伝えによると、マーラーは「アダージェット」の五線譜を説明文もなしに恋人のアルマに送りつけた。アルマはマーラーの告白を五線譜から読み取り、マーラーに「一緒にいましょう」と返事をした。出来過ぎた話だが、なかなかステキだ。

マーラーが何故こんな方法で気持ちを伝えたのか。口下手で奥手だったのか、それともキザな自信家だったのか。

なんとなく前者であったと信じたい。