1.18.2010

カラスの子供

私の父、佐倉井昭一の通夜は土曜日に行われることになった。金曜日の仕事を終え、その日のうちに山形の田舎に向かった。突然のことだったが、幸い地元に身をおく兄の和義のおかげで、葬式の準備は着実に進められていた。原因は心筋梗塞だと知った。

紀子ちゃん大きくなったね、みないうちに立派になっちゃって。親族以外で顔と名前が一致するのは、近所の駄菓子屋のおばちゃんだけだった。

通夜ふるまいにいたその他大勢は、父とみな年が近そうな男ばかりだった。お互い顔見知りだったらしく、妙に賑やかな空気がただよっていた。喪服でなかったら、端から見てただの飲み会だ。駄菓子屋のおばちゃんは、私の違和感を感じとってか、耳にささやく。

町内会のみなさんよ。この連中はいつもこうでね、私はあまり好きじゃないんだけど。でも和義さんや紀子ちゃんがいなくなってから、お父さんも色々がんばってたのよ。去年の夏祭りなんか、ほとんど一人で仕切っちゃって。本当に、張り切ってた。思えば、昭一さんもこのバカの一員だったのよ。だから紀子ちゃんもお父さんに免じて許してあげてね。

一般的には不謹慎だとしても、私にとっては許すも何も、晩年の父をまともに知れずに当人は逝ってしまったわけで、いくら身内でも文句を言える立場にないと思った。この通夜は彼らのための集いでもあると、素直に思えたのだった。その後も何人かまばらに声をかけられ、ほう、娘かぁこりゃあ佐倉井のじいさんに似なくてよかったなあ、と言われたり、どさくさ紛れに見合い話をされても、不愉快じゃなかったし、むしろ父が死ぬまで楽しく暮らしていたことを知るようでホッとしている腹もあった。

その翌日、火葬場から直接タクシーをひろって駅にもどった。

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