12.02.2009

未完

清水は仙台の出身で、今は東京の武蔵野市でひっそり暮らしている。肩書は一応フリーランスのコピーライターだが、一応の言葉が伴ってしまう理由は、口癖だから、という訳もあればコピーライター以外の仕事をしないと生活を支えられない実情の現れでもある。なにせ、フリーランスという言葉が世の中にカッコ良く響くのは独り立ちができてからの話である。正直歯がゆいことだが、正直でなければ人間何にでもないと本人は考えている。

上京してきました。だからといって、赤の他人に背中をポンとたたかれては「立派だねぇ」、と称えられるような時代ではない。名古屋や大阪から表情一つ変えずに移住してきた知り合いも沢山いる。仕事がここに集まってくるのだから、ごく当たり前のことだ。ただ、清水からしてみれば名古屋や大阪の知り合い達が、例えるとしてイノシシを追って東京にたどり着いたのであれば、自分だったらウサギかムササビとたわむれて東京に迷い込んでしまった気持ちだ。何か特別なことをしでかす計画もなければ、人以上の野心はない。身を滅ぼしてまでガツガツすることはないのだ。その方が、かえって上手くいくことだってある。

そして、この街の小さな一部屋でみかんを食べている。

地元の両親は東京に来たことがないから、想像と期待をふくらませてはときどき電話をしてくる。話を聞いてると、まるで清水が数秒おきに東京という名のハルマゲドンと直面しており、戦の合間で部屋でみかんを食べていると思っているようだ。友達にもこのような笑い話をするが、これはこれでとてもありがたいことであって、励みにもなっている。

母親は言う。いい人がいたら結婚しなさいよ。地元で探すことはあきらめて’あげたん’だから、頼んだよ。ねっ。うるさく言いやしないから。十分、うるさいレベルに達している。そりゃ、いい人がいたら考えるに決まっている。ほろ酔いの父親は言う。せっかく東京に行ったんだからビックになれ、ビックに。父にとってビックカメラは大きな写真機に等しい。

みかんが、ひどくおいしい。

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