3.15.2009

いつも居るあの人

私の名前は杉村太郎だった。

解釈の仕方によって、本当は私が今でも杉村太郎だといえるのかもしれない。確かに私は杉村太郎の意識を引き継いでいるが、生身の杉村太郎は102年以前に死んでいる。つまり、人の言葉で言えば、私は杉村太郎の幽霊だ。この102年間、この公園で浮遊霊をつとめている。どうしても私が杉村太郎を名乗ることを躊躇してしまうのは、今となって人間の杉村太郎の存在を覚えてる人間がこの時代にいなくなってしまったからである。

私の記憶が正しければ、浮遊霊となったきっかけは女だった。そうだ、女。騙されて金を取られて、終いにはその女の男に殺された。怒りというより、悲しかった。杉村太郎は身も心も時間もほとんどをその女にかけており、他に生き甲斐がなかった。あまりにも一次元的なので、あの世の担当者も魂の行き先について頭を悩ませた。しばらくの間、下界で考え事でもしておきなさい、という指示だった。

勘違いしてほしくないのだが、私は無差別に生きてる人間を怖がらせたり、襲ったりするような下品な地縛霊の連中とは違う。ただただ、長い散歩をしているだけなのだ。誤って人に目撃されてしまうことは、たまにはあるが、あくまでも私の不注意が招いた事だ。私も、基本的にはそっとしてほしい。

残念なことに、どうやら明日をもってこの公園が無くなってしまうらしい。これから新しいマンションを建てるのだそうだ。私も、これをきっかけに引き上げようかと思う。その前に、これから公園を最後に一度、一周歩きたいと思う。

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