2.11.2009

成長を辞めたいと思います

佐治龍男は27才のタクシーの運転手。

運転手になる前は、ある大手のIT企業で5年間勤めていたが、ある日ぽつりと辞めてしまったのだった。決して無能な人間ではなかったが、今ひとつやる気が出なかった。デスクワークにつくとついつい居眠りしてしまうし、営業に送り出されればスロットに入り浸ったまま社に戻らない。仕事の出来は別にして人当たりはよく、人の恨みを買うことはなかったものの、彼が会社を去ってホッとした上席は一掴みいたのだそうだ。送別会ではとある受付の女の子が異常なくらい泣いていたという。

タクシーを運転するにあたって、佐治の中では「つなぎ」という意識はなく、むしろ狙い撃ちの天職だと思っている。元から運転は好きだし、道路は得意だ。家族もいないので、一人分の生活分が稼げて、それなりに退屈しなければそれで良かった。確かに一つの場所に留まれない怠け者、と考えるとタクシーほど性に合う職業はないかも知れない。同じタクシー会社の運転手のほとんどは一まわりも二まわりも年上だが、「変わりもんの若手」を気持ちよく受け入れてくれた。

女遊びも実は充実している。酔っぱらった勢いで物珍しさゆえ寄ってくる女性客は、佐治にとって都合が良かった。人に期待されていることが明白で、それに応える自信があった。

そんな佐治が酒の場でこぼす口癖、
荷物は運んでやるけど、俺は誰の荷物にならないよ、
と清々しい笑顔で言うという。

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