2.10.2009

二兎を追う者

崎山純子が橋から飛び降りようとした夜、零時を回っているというのに橋を渡る道はすっかり渋滞していた。10キロ先のジャンクションで起きた交通事故の影響で、彼女のいるところまで混雑に巻き込まれていたのだった。

願わくばもう少し落ちついた雰囲気で事を済ませたかったが、彼女にとって決行を取り止めさせるほどのことではなかった。見せ物じゃないのよ、ふん、と思いながら、道を背に手すりをまたいだ。ギャラリーの中から数台の車はクラクションを鳴らしたが、彼女を説得するために車を降りる者は一人もいなかった。どうせそんなもんよ、と彼女はますます決心を固めるのだった。

両手で手すりをつかんだ状態でしばらく想いにふけていると、どんどん近づいてくるサイレンの音が聞こえてきた。振りかえると、大きな救急車が強引に車の合間を切り抜けて走ってきた。ほんの一瞬、崎山は救急車の運転手と目が合ってしまった。運転手は若い男だった。救急車は停止し、男が降りて彼女に近づいた。

「あの」

「止めないで」

「いえ、あの」

「あたしに何か用?」

「飛び降りるんですか?」

「見れば分かるでしょう。そう、私は飛び降りて死ぬの」

「あの、そうですか」

「あなた、説得するにもこれじゃあ全くの役立たずね」

「いや、私は10キロ先の交通事故の通知を受けましてですね」

「じゃあ、さっさと行けばいいじゃないの。助けを求めてる人がいるんだから」

「見ちゃったわけですから、放っておくわけには」

「だから止めないでと言ってるのに」

「そうですね」

「そうですねって、あなたいったいどうしたいの?」

「救急隊員でして、ケガしていない人に対して、何も施す手がありませんで」

「私が飛び降りた後に、助けるわけ?」

「そう、なりますね。説得の方法も、知らないので。正直、困りました」

「あなたがすぐ助けるとなったら、私飛び降りれないじゃないの」

「それならそれで、良いのですが」

「あきれた・・・」

「呆れるのも結構ですが、早く決めていただけませんか?」

「あなたいったい何?」

「次があるんで」

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