9.24.2008

カクテルの汗

夢にしては鮮明すぎた。

目が覚めると、美里はベッドで横たわったまましばらくポカンとしていた。風景が、記憶に焼きつかれたようにハッキリ残っていた。美しい砂浜、透き通った青い海、強い日差しで焼かれたローションの甘い匂い、そしてその匂いに絡み合うピニャコラーダの後味。

何かのオボシメシかしら。
オボシメシであってほしかったフシもないでもない。

美里は次の長期休暇で、一人でハワイ旅行をすることにした。友人に言うと根掘り葉掘り聞かれるのがオチなので、夢のことも旅行のことも伏せておいた。同行する異性も、その時思い当たる者もいなかった。誰でも良いわけではなかったので、誰ともいかないことにした、それだけのこと。

そして数ヵ月後、ワイキキビーチを自分の裸足で確かめる日が来た。
右手に持つピニャコラーダのグラスから、汗が滴り落ちていた。

完全な正夢、とは言いがたかった。砂浜は確かに綺麗だが、見渡す限りの人ごみで隠されていて、感動は幾分小さかった。美里は、溶けた氷で若干薄まってしまったピニャコラーダを飲み干し、小さなため息をついた。自分でローションを塗り、しばらくビーチを満喫することにした。

いいのよ、ここはハワイに変わりないのだから。
ハワイはハワイよ。

ホテルの部屋に戻ってから、一人の食事を済ませ、シャワーを浴びた。やっぱり、誰かと一緒に来た方が良かったかしら。勢い余って4泊の宿泊予定を立ててしまっていた。まだ8時だ。部屋でジタバタしていても仕方がないので、ホテルのバーに向かった。ナンパの一つくらい、土産話として持ち帰りたいと考えた。日本人の観光客も案の定たくさんいるというのに、思いのほか美里に声をかける者は一人もいなかった。彼女をちらちら見る男はいたが、まるで背後霊を見たかのようにすぐさま目をそらすのだった。まるで、敢えて彼女を一人でいさせるために。酔いも早く、美里はギムレットを2杯飲んで部屋に戻り、ようやく眠りについたのは午前0時だった。

数ヶ月前に見た風景が、再び夢に出てきた。

その時、何一つそつのない景色を眺めている夢の中の自分が
満面の笑顔に変わっていたことも分かっていた。

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