9.08.2008

テーブルマナー

荒山氏は、砂漠を一人で歩いていた。四方を見わたす限り、波打つ砂丘。親の仇をうつかのように巨大な太陽がこの小さな男に睨みつけ、一日も歩いていないうちに、目立った抵抗もなく屈服しようとしていた。意識が途切れ始め、足が重い。

数分前は、遠い空のゴマ粒にしか見えなかったものの正体が、ハゲタカの群だと分かった。7、8羽くらいか。いまは荒山の頭上をゆったりと回っている。やがて一羽が、降りてきて、荒山の側を歩き始めた。目を一切合わさずに、ただ明らかに荒山を意識した軌道で、真っ黒なコートを羽織った老人のようにひょこ、ひょこと歩いていた。

お前が、見張り役か。おそらく、荒山が死ぬタイミングを見届けてから仲間を一斉に呼ぶのだろう。荒山が渇いた口を開いた。

「こんなに立派な口ばしと爪を持っていて、この際、死ぬのを待たずに食い殺せばいいことだろう。」

荒山が言葉を発した瞬間にハゲタカはギュルっと首をひねらせ、頭をかしげながら荒山を見つめた。あなたを食い殺すわけには行きません、と。自然の摂理ですから。ひょこ、ひょこ歩き続ける。

「簡単なことだろう。」

簡単か難しいの問題ではないんですよ、荒山さん。ひょこ、ひょこ。

「死ぬのを待ったら、残るのはわずかの骨と皮だけだぞ。今食らった方が腹が満たされるだろうに。」

食料の量の問題でもないんです。ひょこ、ひょこ。

「どうしても待つというのだったら、勝手にしろ。」

私たちだって、出来るものならば新鮮の肉を狩して食べたいと思うのですが、残念ながらその勇気がないもので。罪悪感、というか、気持が悪いというか。

「ハゲタカに罪悪感、か。」

何かおかしいですか?

「いや、別に。」

あなただって、自ら食べるものを狩して食べたことが、はたしてあるでしょうか?

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