7.15.2008

ほっつき歩くを辞書で引く

恵子と学は同じ会社の営業部で勤めていて、それぞれ入社2年目、3年目の社員だ。同じ部署とはいえ、この会社の営業部は50人を超える大きな部署で、今までは関わることなくお互いの雑務をこなす日々を過ごしていた。今回の案件で、肩を並べて働くのはたまたまはじめてのことだった。

とある朝、恵子と学は地方での野暮用を命じられ、二人っきりで新幹線に乗ることになった。数時間もの間、隣同士の席に座っているものだから、お互い少し気まずく、会話もポツリポツリと断片的なものに過ぎなかった。その内、学がウトウト寝てしまった。恵子はスヤスヤ眠る学を見ながら、どうかしらこの男、と彼を吟味してみた。そこそこやさしく、言葉数少なく、仕事はいたって平凡な出来。まぁまぁだけど、無しっちゃあ無し、ありっちゃアリって感じね。

さて二人は用事を済ませ、ようやく夕方に東京に到着した。駅を出ると、外が物騒がしい。道はパトカーや消防車や救急車でびっしり渋滞している。何事かと思いながら二人はタクシーに乗り、運転手に行き先を伝えた。運転手はその建物の名前を聞き、二人に言った。何も聞いてないのかい?あの建物は昼過ぎに大火事になっていて、随分古い建物だからなのか、ついさっき崩壊してしまったそうだ。消防車とかだけじゃなく、報道局でもテレビでも大騒ぎになっていて、今あそこに近寄ることなんて無理だ。さっきラジオで聞いた話だと、被害者はすごい数になりそうだ。

恵子と学はタクシーを再び下車し、しばらくの間その角でポカーンとしていた。恵子は座り込んだ。思い出したかのようにバックの中をゴソゴソ探りはじめた。学は恵子に尋ねた。

「何探してるの?」

「携帯。無事だって、母さんに連絡しなきゃ。学さんもそうすれば?」

「ちょっと待って。」

「待って、って。何を?」

「世の中の皆が君が死んでしまったと思い込んでいて、実は本人は元気で東京のど真ん中にいたとしたらどうする?」

「そんな例え話をしてる場合かしら?」

「例え話じゃないから、さ。」

二人は歩き始めた。歩いて歩いて歩いていくと、御茶ノ水あたりで喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。喫茶店を出た後、銀座で映画を見に行った。映画を出ると食事をし、食事の後は酒を飲み、酒を飲んだあとは抱き合った。ホテルのベッドで、先程の東京駅の街角であったように、二人はポカーンとしていた。

「もうそろそろ、帰ろうか。」

「その前に、家に電話をしなければね。」

「そうだね。」

「そうね。」

コメント0archive

Post a Comment

<< Home