10.18.2006

長すぎる一瞬間

扉が閉まりそうなのに、男はあきらめずにエレベータに駆け込もうとした。少し無理があった。右腕を思いっきり伸ばして、やっとヒジくらいまで入ったところで扉に挟まれた。満員のエレベータの中からはいくつかため息が聞こえた。誰か一人、わざとらしく舌まで鳴らした。

間に合った。

ところが、障害物が挟まれているというのに、エレベータの扉が開こうとしない。カタン、カタン・・・。何かの機械が空回りしているような音がする。その音もしばらくするとピタっととまった。そしてエレベータは上昇しはじめてしまった。

「お、おい」

男はあせった。身体ごと持ち上げられていった。天井にぶつかりそうだ。

来る来るクルクルクル。まだ来ない。痛いのかなぁ。そりゃあ痛いだろう。痛くないわけがない。もぎ取られるのか?もぎ取られると死ぬのか?いや、死にはしないだろう。いや、もしかしてもぎ取られないかもしれない、そうだ、エレベータはさすがに止まるだろう。しかし、もぎ取られたら困ったぞ。しかも右腕だ。左腕で入ればよかった。いや、なんならどちかの脚だった方がましだったかもしれない。腕がないのはいやだ。病院にいったらまたつなげてくれるのだろうか。いや、それには腕がある程度形として残っていればの話だが、腕はキレイにもぎ取られるのか。粉々になってたらどうしようもない。保険って利くんだろうか、こんなのは。あぁ、恥ずかしい。そうだ、僕の右腕はいまエレベータの中。見られてるんだなぁ。あぁ、恥ずかしい。

かっこ悪いなぁ。もぎ取られたらそのまま僕の腕を乗せて、各駅停車で上まで行っちゃうんだ。

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