10.04.2006

君と手をつなげない

二人はアホがつくほど愛し合っていた。筆ペンでおでこに「アホ」と書いてやりたいくらい愛し合っていた。あまりにもアホなので、お互い死んだならばあの世で、生まれ変わったとしてもお互い探し合ってでも再開するというわけのわからない約束もした。人間というものはいずれ死ぬもので、案の定二人はじきに死んでいった。先発は女で、その数年後に男が彼女を探しに三途の川をわたっていった。

男はエンマとの手続きを淡々と済ませたが、ようやく極楽にたどり着くと予想外の問題に直面した。生身の人間ではもうないので、人魂。他の極楽住民も当然ながら人魂なので、人、いや、人魂を区別することはもはや不可能だった。チンドン屋さんのごとく元・女の名前を呼びながら旅をするしか方法はなかった。仮に今まで生きてきた人間の半分が極楽行きだったとしても、なにしろ人類のはじまり以来の元・人口が集まっているわけで、とにかく極楽はだだっ広い。元・男は百の山、百の谷、百の砂漠と百の海を旅した。幸いお腹を空かせることはなかったが。

かくかくしかじか、ああしてこうして元・男(以下「男」)は元・女(以下「女」)と再開することができた。ざっと100年くらいかかった。女はかろうじて前世の名前を覚えていたのが救いだった。

「あら、あなたね。お久しぶり。」

女の空気は微妙だったが、男はそれにも関わらず大いに盛り上がった。植村直美も顔負けの旅を何度も繰り返してきたわけだから、無理もない。ただ、しばらくすると女のつれない態度に気づき、その理由は明白となる。

「どうしようかしら。」

「そりゃ、これから一緒に暮らすんだろ。また結婚してさ」

「ここにはそんなのないわよ」

「家?」

「いや、"結婚"」

「あ」

考えてみればその通りである。人魂は魂なのだから、魂が二つあったからといって子・魂を作れるわけでない。暮らし、思い出、悩みも小姑も扶養控除もなにもない。時間が"ない"。

「こりゃダメだわ。」

「そうだわね。せっかくで申し訳ないんだけど。」

「生まれ変わるのを待つしかなさそうだね。」

「列が長いの。」

「どうしようか。」

「とりあえずあそこの山まで行きましょうか。一緒に行ってあげる。」

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