9.03.2006

悪魔にせよ期待していた



旅行をするとき、宿泊先のベッドや布団では必ずと言ってもいいほど寝つきが悪い。家族はもう寝静まっていた。広い和室、マメ電球だけの灯。シーツと貸出用の浴衣がパリパリしすぎていて、どうも眠れない。季節も中途半端だったせいか、冷房をつけると寒すぎ、消すと汗がじわーっと出てくる。結局は冷房なしで睡眠に挑むことにした。

ウトウトしかけていたとき、寝返りをしてしまったのが、間違いだった。部屋の隅に置かれた大きな姿見に目線が行った。うす暗くて最初はよく分からなかったが、鏡の左下から、小さい顔がこっちを覗いている。男の子のようだ。僕と目が合ってしまっている。目を細めてみてみると、息子の顔だ。笑っている。

もう一度寝返りをして、隣で寝ているはずの息子の顔を見るが、やはりスヤスヤ寝ている。再び鏡の方向を向くが、その顔はまだ僕を見ている。息子の顔だが、息子ではない。不気味なことに、数年後の姿を見ているようだ。目や鼻、眉毛、顔のあらゆるパーツが整いはじめている。

僕を見ているのか。

顔が、縦にふる。

鏡の下から、手と腕も現れる。鏡にそっと叩く。

トン、トン。

早く、出してよ。

どうやって?

男の子の顔から笑みが消える。どうやら僕は、彼の期待を裏切ったようだ。

約束したじゃないか。これじゃあ出られないよ。

トン、トン、トン。

胴体まで見えてきた。男の子の形相が次第に恐ろしくなっていく。いや、こっちからしてみれば恐ろしいが、男の子自身も何かにひどくおびえている。

ドン、ドン、ドン。

殺すぞこの野郎。

その夜、僕は一寸も眠れなかったのは言うまでもない。

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