悪魔にせよ期待していた
旅行をするとき、宿泊先のベッドや布団では必ずと言ってもいいほど寝つきが悪い。家族はもう寝静まっていた。広い和室、マメ電球だけの灯。シーツと貸出用の浴衣がパリパリしすぎていて、どうも眠れない。季節も中途半端だったせいか、冷房をつけると寒すぎ、消すと汗がじわーっと出てくる。結局は冷房なしで睡眠に挑むことにした。
ウトウトしかけていたとき、寝返りをしてしまったのが、間違いだった。部屋の隅に置かれた大きな姿見に目線が行った。うす暗くて最初はよく分からなかったが、鏡の左下から、小さい顔がこっちを覗いている。男の子のようだ。僕と目が合ってしまっている。目を細めてみてみると、息子の顔だ。笑っている。
もう一度寝返りをして、隣で寝ているはずの息子の顔を見るが、やはりスヤスヤ寝ている。再び鏡の方向を向くが、その顔はまだ僕を見ている。息子の顔だが、息子ではない。不気味なことに、数年後の姿を見ているようだ。目や鼻、眉毛、顔のあらゆるパーツが整いはじめている。
僕を見ているのか。
顔が、縦にふる。
鏡の下から、手と腕も現れる。鏡にそっと叩く。
トン、トン。
早く、出してよ。
どうやって?
男の子の顔から笑みが消える。どうやら僕は、彼の期待を裏切ったようだ。
約束したじゃないか。これじゃあ出られないよ。
トン、トン、トン。
胴体まで見えてきた。男の子の形相が次第に恐ろしくなっていく。いや、こっちからしてみれば恐ろしいが、男の子自身も何かにひどくおびえている。
ドン、ドン、ドン。
殺すぞこの野郎。
その夜、僕は一寸も眠れなかったのは言うまでもない。
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