パンと水と永遠のカデンザ
祖父はとなりの街で大きな一軒家に住んでいる。50年間、引っ越しを一度も考えたことがないんだ、と僕によく自慢話をする。ちょうど僕が生まれたころに祖母が亡くなったので、思えば祖父はかなり長いこと一人暮らしをしている。僕はよく、あの家に遊びにいく。
祖父は自称の音楽好きだ。でも、ロックとか、クラシック、とかそういう音楽には興味がないみたいだ。ステレオコンポのような音響機器は持っていない。ならば、何を聴いているかというと、カナリアの歌、であるそうだ。大きな洋風のリビングルームの真ん中は、ソファーではなく、立派な一本足の鳥かごが置いとある。その中に一羽のちいさなカナリアがいる。
僕が、であるそうだ、と言うのは、このカナリアの歌を一度も聴いたことがないからだ。カナリアの生態には詳しくないが、至って元気そうに見える。羽もきれいだし、餌もよく食べる。僕のタイミングが悪いのか、歌う気配がしない。
ヒミコはな、聞き手を選ぶんだよ。悪く思うな。そう言って、祖父は僕をからかう。
おじいちゃんは、飽きないの?聞こえたとしても、いつも同じ歌で。
飽きるもんか。これが、いちばん性に合うんだ。こいつがいなくなったら、もう音楽は諦めるよ。
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