9.30.2010

器用と不器用

帰りのエレベーターで加奈子と二人きりだった。突拍子もなく、力いっぱい抱きしめられた。僕は腕を胴体の横にだらんとぶら下げた状態でいたので、それごと包むように抱かれた。自由が利かないので振り払うことも、抱きかえすこともできなかった。あの瞬間、腕が自由だったとしたらどちらの行動をとっていただろうか、妙なことに僕自身よくわからない。

不器用を武器にできるのは男だけでないと思った。まるで相手の反応を押し殺したいかのように、彼女の腕の力が一向に強まっていった。

腕がしびれてきた。あまりに気持ちが舞い上がっていたため、エレベーターが止まらないことに気づかなかった。ホテルの最上階のバーといってもせいぜい20、30階か。照明が何度かまばたきして、消えた。暗闇の中に残った物音はエレベーターの機械音と、一言もいわない加奈子の息。背筋がゾッとした。

エレベーター、止まらないね。勇気を振り絞って話しかけてみた。彼女の爪がぐいっと背中に食い込む。あいたたた、と反応するとほんの僅か彼女の腕が緩んだ。

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