5.08.2010

エピローグエスト

作家の安部村は、ようやく原稿を書き終えて気がゆるんだせいか、その夜つい深酒をしてしまった。翌朝、どのように帰宅したのか記憶にないのに、見た夢だけは鮮明に覚えていた。

夢の場所は、安部村がいつも作業する書斎。先ほど完成した原稿の、エピローグで死なせてしまった主人公「町上冬樹」が、安部村の黒の革張り椅子に腰をかけていた。ツイードのジャケットに無精ひげ、細い目。安部村が文字で描きあげていた、「町上冬樹」の実物大が紛れもなくそこにいたのだった。

当然だが、戸惑った。それは自分の作品の登場人物と同じ空間にいる事態はさることながら、死んだはずの死人が目をパチクリさせてこう訴えてくるのだ。

安部村さん、なぜ私を殺したのです?

何をいう、私は人殺しではない。

いえ、あなたは私を殺したじゃないですか。

いや、お前は病でなくなっただろう?

その病を起こしたのはあなたの筋書き上の意図でしょう?ひどい。

そうだとしても、仕方がないじゃないか。

仕方ないことあるものですか。だいたい、肝心の事件が終わってから五年後のエピローグじゃないですか。あそこで死ぬことで何が生まれるというのです。

いや、ドラマだから、なんというか、読者の感動が生まれるといいとは願っていたがね。

読者ねぇ、私には関係ないですけどね。なんか、マジックミラーの向こう側みたいで。あんな余計なエピローグさえなければ、せめてこちら側では読者に見られなくても、安部村さんに書いてもらわなくても、生き延びていられたのに。

そういうことなのか。

そういうことなのです。

ふむ。

ええ。

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