10.27.2007

気まぐれな女

与作は、一匹狼だ。今年で46才になる。

都内にある数軒の雑居ビルの窓ふきを勤めている。一年間かけて全部の窓をふくのだが、それをこの13年間くらい繰り返しているベテランだ。ビルの屋上に設置されている簡易エレベーターに乗り、外壁を下りながら窓をふく。高いところは特に得意でもないが、どのみち窓ふきというのは窓に向き合ってるわけであって、景色に背を向けているのが自然体なため恐怖はあまり感じたことがない。与作がこの仕事を好きになった理由は、一人で静かな場所でもくもくと働けることだった。そして、そよ風が気持ち良いのだった。一人で働くのが好きなので、あえて大きなオフィスビルの仕事は引き受けていない。

唯一、与作の仕事の相棒と呼べるのは野良ネコのマリアだ。マリアは、いつも与作と一緒にエレベータに乗る。エレベーターはちょうど二人の男が乗れる幅だ。与作がエレベーターの片方で窓をふいてると、マリアは反対側にチョコンと座る。与作が反対側に移動すると、マリアも位置を入れ替わる。二人の息は合っていた。与作とマリアがどのように出合ったかというと、それは2年前のとき。ある六本木の雑居ビルの屋上でエレベーターが下り始めたとたんに、突然ネコが飛び乗ってきたのだった。与作は驚いたが、エレベーターを止めなかった。そのまま、仕事が終わるまでネコはおとなしく座っていた。与作と同じように、背後の景色を見ず、ずーっと窓に向いたままだった。

「おかしなネコ野郎だな。」

メスだった。

与作は弁当の唐揚げの衣をとって、鶏肉の部分をネコに食べさせた。よくよく見ると野良ネコとは思えないくらい美しい毛並みだった。お前は、外国の美女のようだな。この間、テレビの映画で見たような。そうだ、ウエスト・サイド・ストーリーのマリア。お前はマリアと呼んでやろう。何故こんなビルの屋上にいるのかは分からないが、また遊びに来いな。そして、与作がそのビルに訪れるたびにマリアはそこにいた。やがて、近くで与作が勤める別の建物でも現れるようになった。まるで、与作のローテーションを理解していくようだった。

数ヶ月前から与作は気づき始めたが、マリアの腹が大きくなってきてる。
与作は笑った。

「お前、俺が知らないところでやってることはやってるんだな。ワルさもほどほどにな。」

先週は、ちょうどマリアと初めて出合った、六本木の雑居ビルだった。

お腹が元の大きさに戻っていた。エレベーターが下り始めても、いつものように飛び乗ってこなかった。ただただ、マリアは屋上から下っていく与作のエレベータをふちから見送るだけなのだった。

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