6.26.2007

春はとっくに過ぎている

男は一人で、寝台列車に乗っていた。午前3時にもなるが、なかなか眠れないでいる。いつものことであれば、どこにでも寝付ける体質だが、今回は少し特別な旅をしているため興奮しているのだ。寝返りを打ってうつ伏せになり、あごを枕にのせて窓の外をぼんやり眺める。外は真っ暗だ。街路灯のあかり一つすら見えない。どこかの山奥か、トンネルか、それとも草原か、とにかく人気のないところを走っているに違いない。

遠くに引っ越してしまった、好きなアノ子に会いに行くのだった。アノ子に最後会ったのはそう昔ではない。別れたのはただ半年前のことだった。同じ職場の関係だった。付き合うようになってから間もなく、彼女は実家の都合で都会を離れなければならなくなったのだった。両親の世話をするのと、家業の後継ぎ。あまりにも当たり前なことに聞えたので、男はアノ子を引き止める思いを完全に見過ごしてしまったのだった。がんばれよ、達者でな、そんな言葉が気持ちを先走ってしまったのだった。その後、俺の感情はその程度のものだったのだろう、と整理をつけていた。それでも、今は間違いなくワクワクしている。

運が良いのか悪いのか、出張でアノ子の住むところの近くに出向く用事ができたのだった。アノ子は、男が寝台列車に乗って会いに来ることに気づいていなかった。

静かな再会だった。

あまり、長居はできないんだ。

家の仕事も、大変なんだろう。

みんなは、元気だよ。

これ、おみやげ。

家を後にした男は、歩きながら心拍数が少しずつ戻ってゆくのを実感した。

広すぎる宿をとってしまったので、せめてゆっくり昼寝でもしてから帰りたいものだ。

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