6.07.2007

部屋まで届けてやる

梅雨がもうすぐ来る。アリの小次郎はウキウキしていた。

アリの世界では、梅雨は人間でいう「夏休み」に等しい時期だ。なぜかって?それは、雨が長く続くとロクに物運びの仕事ができないのである。だから、どのアリも梅雨入りすると、巣にこもるのである。女王お墨付きの、休暇だ。旅行に行けないことだけが、残念だが。

小次郎はまだ一人の身だ。一ヶ月分の自分の食物を溜め込むのにあまり苦労しなかったので、他の成虫がせっせと一家分のエサをかき集める中、一人だけ手持ちぶさたになってしまったのだった。

「手かそうか?」

近所のフランスワに声をかけた。フランソワはもうおじいさんで、パンくず一つ運ぶのにそうとう苦戦しているようだ。アリは一応、自分の体重の20倍を担げるというが、誰もそれが楽なことだとは言っていない。フランソワだって、本当はこのパンくずをバラバラにして担ぎたいに違いない。彼はプライドが高い。

「わかものは休んでな。お前たちは、いざの時の戦に行ってもらわなきゃいけないんだから」

またはじまった。戦だなんて、最近流行りもしない。そんなことらしきことが最後にあったのは、確か半年も前のことだ。それも、戦というよりは修復工事。人間の子供が枝で巣の入り口をえぐったのだった。すぐ飽きて去ってしまった。さほど騒ぐことでもなかったのだ。被害者も2、3匹程度だった。フランソワは運悪く、その事件で身内を失ったのだった。

気の毒なやつだ。

「いいからそのパンくず、半分にくずしな。部屋まで届けてやるから」

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