4.13.2007

元も子もないから

「人食いテー、う゛~」

人食いゾンビが街角に立ってた。腰のあたりで、電柱に縛られている。通りすがりの善人が封印をしてくれたに違いない。そうとはいえ、もちろん、私は彼の前を通り過ぎるのは恐かったが、その先にある郵便局にどうしても行かなければならなかった。あと、ちょっとで五時だ。今日中に保険料の振込みをしていないと、妻に叱られるのであった。こっちだって、人食いてーという悩みこそないかもしれないが、それなりに緊急事態だったのだ。

目を合わせずに、ゾンビの腕が届かない距離を考えて通り過ぎようとした。

「う゛~人食いテー」

聞かない、聞かない、と。

私は無事に郵便局にたどり着いた。ところが、突然背後に女性の悲鳴が聞えてきた。振り向いちゃいけない、でも振り向いちゃう。美しい女性がゾンビに捕まっていた。流れる長いスカートを、ゾンビの腐った手につかまれたのだ。距離を誤ったに違いない。ゾンビは彼女の足から食べてしまうようだ。

「きゃ~たすけて~」

あっという間に右足がなくなった。

私だって人間だ。でも、人間だから自分の身もかわいい。

「きゃ~たすけて~」

「おーい、助けてやれないんだけど!」

「きゃ~」

「名前は?」

「ひろしま~はるこ~」

左足がなくなった。

「身内はいるのかー」

「父さんがー五反田ーきゃ~、ひろしま~のぶお~」

「事情ー、説明しておいてやるからー、安心しろー」

「いや~もうーたすけてー」

それが、私のできる精一杯だった。

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