5.19.2006

食べ残し

隣の爺さん、年齢の割には元気そうだった。元気そうだったから、突然亡くなったというニュースには誰もが驚いた。都会で働く一人娘が呼び戻され、あわただしく葬儀は行われた。

故人は秀夫さん72才。定年退職してから、かつての会社生活をちょうど忘れかけていた頃だった。妻をその5年前になくし、その後はたくましくも一人暮らしをしていた。それ以上、彼の生活ぶりについて語れる者はおらず、ただひっそりと最期を迎えたということしか分からなかった。

娘はその後、数日間かけて父親の私物を整理した。近所の人たちもそれなりに娘に気を使い、仕事もあるのに大変だねぇ、と声をかけたり、家の掃除の手伝いをしてやった。そんなある日、父親のスケジュール帳がひょんと出てきた。あまり多く書かれてないようだが、用事があるときは丁寧に記されていた。娘はパラパラとページをめくってみた。

5月1日 18:00 ○○寿司 電話 3923-3857
5月9日 18:00 龍門(中) 電話 3924-7671
5月19日 18:00 ホテル・ドゥ・タナカ 電話 6658-8437

時間と金が有り余っていたのか、スケジュールをさかのぼっても高級レストランの名前ばかり。一人暮らしもまんざら悪いことばかりではなかったんだな、と娘はふと思う。それなりに楽しんでいたのであれば。誰かと一緒にいってたのか、それとも一人だったのか。横から見ていた近所のオバサンが言う。

「あら、ヨシコちゃん、5月19日って今日よ?」

「あ、本当。どうしよう、お店に電話しようかしら」

「荷造りもあとちょっとだけだし、せっかくだからお父さんの代わりに行ってみれば?」

いったい何をもって「せっかく」というのかは理解できなかったが、娘はオバサンの言うとおりにすることにした。父親が誰かと待ち合わせをしていたのかも分からなかったけど、結局四人かけのテーブルで一人、フルコース食べちゃったよ、と翌日オバサンと話した。

その夕方、娘は新幹線に乗って東京に帰っていったそうな。

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