12.27.2005

エンマのジレンマ

メザニンという男は、山の狼の群れに育てられた。赤子の頃に実の母に捨てられたので、人間の言葉を覚えることもなかった。自分の手足を見るだけで、狼の兄弟とは明らかに違う姿であることは分かっていたが、それに不満を感じることはなかった。狼の兄弟とともに母狼の乳を飲み、狩に出かけたり、遊んだり、一緒に寝た。幸せだった。ただ、敢えて生活で違和感を感じたところがあったとすれば、兄弟とは違ってメス狼と交尾する気にはならなかったくらいだ。兄弟達も限られたメスを争う相手が一人分いないだけ、やぶ蛇をつっつかぬまいと、メザニンをからかわなかったし、「それ」には触れずにいた。

そんなある日、メザニンは狩をしていたときに、イノシシに腹をえぐられて死んでしまった。狼達は老若男女問わずメザニンの死を悲しんだ。

三途の川を渡ると、メザニンはエンマと会った。大抵の人間の魂はエンマを恐れていた。エンマやエホバ、アヌビスやヤウエイ、呼び名は色々あったが、皆同じ存在のことをさしていた。しかし、メザニンは神どころか人間の言葉も知らなかったので、エンマの名前を一つも知らなかった。しきりに貧乏ゆすりをしながら、あの世の言葉で、「ここはどこ、あんただれ」と言う。

さて実はのことを言うと、エンマはメザニンが生まれた日からあの世に来るまでずっと頭を悩ませていた。ケモノとして育てられたので、人のモノサシで計ることが出来ない。沢山の動物を殺生してきたが、全てそれは生き抜くためのもの。人として「守る」ものもなかったし、身内を傷つけたこともない。結論からすると、何も「悪い」ことをしていないはずだった。かといって、何も「良い」こともしていなかった。

「お前さんは自分の姿が皆と違うことには気付いていたな?」

「そうだ。」

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