5.29.2005

下へ、まいります

暖かい天気が続くなか、虫たちが少しずつ、遠慮がちにも、現われはじめた。蛾とかコバエ、大したものではない。私は虫は得意でないが、特に気になるわけでもない。妻はモロに苦手だ。今日のお話はそこから始まる。

我輩はベランダに生息する蛍族である。妻が妊娠したころからずーっと、家の中はノー・スモーキングである。これに関して特に不満はない。外の空気とタバコの煙が混ざった味は好きだし、10階からの眺めも悪くないし、家の中の空気がきれいなのはありがたい。タバコを吸うときくらい、一人でいられるヒトトキとするのも全然やぶさかでないわけで、今宵も春風を楽しみながら夕食後の一服を楽しんでいたわけだ。が、部屋に戻ると妻の顔が真っ白。

「む、虫・・・」

ベランダの窓にコバエみたいなのが1匹張り付いていたらしい。早い話、私がタバコを吸うためにベランダを出入りしていると、ベランダの窓が大きい分、虫が侵入してくる可能性が高まる、ということで私の喫煙所は急遽、玄関の外と変更された。

妻と子供が寝静まった頃、早速玄関へ。玄関のすぐ隣にエレベータがあるのだが、珍しく我が家の10階に停止している。しばらく動いていないと中の照明が落ちるタイプだが、そのときは照明が付いていた。お隣の人が降りたばっかりだったのかもしれない。玄関近くは特に眺めと呼べるものがないため、タバコを吸いながらぼーっと、空っぽのエレベータを見ていた。

すぅっと、エレベータの中に若い女性とその人の手をつなぐ3歳くらいの男の子の姿が現われた。二人とも背筋をまっすぐに、フランス人形のようにじっと、立っている。服装はなぜかよく覚えてないが、とても上品な親子だと記憶している。ただ、女性はとても悲しそうな表情だった。

「乗りますか。」

「いいえ。」

「そうですか・・・。」

テレパシーっぽい会話。幽霊なのだから、口でしゃべるわけがないか。いや、そもそも、喋ることが出来たとしても、エレベータの窓を間に、声で会話できるわけがない。まぁいいや。とにかく悲しそうな表情だった。

「地下に行きたいのです。」

「この建物に地下はありませんよ。」

「それでも、地下に行きたいのです。」

「・・・。」

「・・・。」

「行けばいいじゃないですか。」

「ボタンが押せないのです。」

「それは、困りましたね・・・。」

そのとき、おそらく1階にいる人が上に行くボタンを押したためか、彼女等を乗せたエレベータは下がり始めた。エレベータが動きはじめてから、見えなくなるまで1~2秒しかなかったが、彼女は丁寧にお辞儀をし、子供は私に手を振り、口を閉じたまま「バイバイ」と言った。思わず手を振ってしまった。

私はタバコを近くの排水溝で消して、部屋に戻りました。
明日は妻と子供をつれて、ディズニーランドにでも行こうかと思います。

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