4.03.2005

家出

最後に、少年がランドセルにおさめたものは母親の真珠のネックレスだった。いつも喪服のときにつけていたものだ。母が夕飯の買い物に出かけるタイミングをはかって、ドレッサーからこっそり取り出したのだった。そのネックレスからは、母のにおいがした。少年にとってそのにおいは、彼女がいつも使っている口紅やファンデーション、香水のにおいがまざった一つの、名前のあるにおいだった。取り出した一瞬、少年の小さな両手は大粒の真珠でいっぱいだった。その宝物をランドセルの大きな口に流し込み、カチッと封じ込んだ。

玄関を出ると、少年は小学校とは反対方向に歩き始めた。左右対称の並木通りはきれいに整備されていて、木々は一本一本、丁寧に真上をさしていた。少年の前に開かれたその中心の道は西日の最後の一息で橙色に照らされ、ただただまっすぐ続く。

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