11.27.2011

海のように広く

林海人の家は海の近くにあるが、生い立ちは都会の人間だ。両親は東京で生まれ育ち、海人が八才になるまで暮らしたマンションも墨田区だった。ある日、両親はまるで大事な約束を思い出したかのように、ことは慌ただしく一家は茅ヶ崎に引っ越したのだった。父は仕事を辞めたようだったし、親戚も知り合いもいない、何の縁もない街だった。

9才にもなれば、少しは大人を疑う知恵は身についている。例えば、海人はこのころから自分に与えられた名前の、苗字である「林」に対するすわりの悪さを感じるようになった。ママ、僕の名前は海の人だけど、うちは林の家族だよ?母親の説明は、パパが海のように広い心を持って育ってほしいから海人になったのよ、という。あまり反論する余地のないことで、海人はふぅん、と頷いたが、心のなかでは林も山も宇宙も空だって広いじゃんか、と思っていた。

僕の両親は、少し変だ。ボクは変な人たちの子供だから、ボクも変なのか?

幸い、新しい学校ではすぐ友達ができたし、名前についてからかわれることもあまりなかった。クラスメートに同名の林万作という男の子がいたので、みんなは混乱しないように万作、海人と下の名前だけを呼ぶようになった。そのまま、高校を卒業するまで海人は友達と楽しく茅ヶ崎で過ごした。

東京の大学に通い始めてしばらくたったが、海人は未だに当時の引っ越しをした理由を親から聞かされていない。

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